『Hop! Step! Kiss!!』(2007メロ誕企画リクエスト作品)




「メロは、キスがしたいのですか?」
「な、ななな何言ってるんだ!? ニア!」

 その日の朝、挨拶を済ませるなりニアは突然そんな事を言い出してきた。
 そりゃ、僕たちは付き合い始めてからそれなりの期間を一緒に過ごしてきたし、手を繋ぐ程度なら人目をはばからないくらいの関係にはなった。
 確かにそろそろキスの一つもしたいとは思っていたけど、まさかニアの方からそんな話題を振ってくるなんて……



 ニアは、僕の動揺を見透かすかのような冷ややかな視線を向けてくる。
 僕はどう答えたものかと考えあぐねていたのだが、このまま何も言えないのは悔しい。
 とにかく「したい」、「したくない」で言えば間違いなく「したい」のだが、そんな事をニアへストレートに言う訳にはいかない。
 ちょっとでも弱みを見せると、間違いなく主導権を向こうに握られてしまうからだ。
 とりあえず、ここは強がる振りをして……
 ところが僕が言葉を発する前に、ニアが釘を刺すかのように言ってきたんだ。

「あ、先に言っておきますが、私はそのようなものに興味はありませんので」
「え……!? はあ? な、何それ……じゃあ、何でそんなこと僕に聞いたんだ?」

 僕はニアの真意が掴めずに思わず聞き返したのだが、結果、聞かなきゃ良かったと思わされる事実を知ってしまうことになった。

「いえ……、昨日の放課後、あなた多目的教室でパソコンを使って映画を見ていましたよね?」
「え、な、何で知ってるんだ……?」
「ちょうど私も調べものをしていまして、辞書ディスクを取りに教室へ入ったのですが、あなたはどうやら映画に夢中で気が付かなかったようですね」
「あ、い、言っておくけど、別にいやらしい映画を見ていた訳じゃ、ないからな!」
「はい、どうやら恋愛物のドラマのようでしたね」
「あ、ああ……そうだけど……ぼ、僕が恋愛物なんか見てたら、おかしいか?」
「いえ、そんなことはありません。ですが……」

 ま、まさかニアの奴。あのことを知っていてこんな質問をしたのか……?

「キスシーンだけを何度も繰り返して再生してたので、それで『メロはキスがしたい』のかと思いまして聞いたのですが……」
「わーーーー!! た、頼む! ニア、誰にも言わないでくれ!!!」
「ええ、そんな恥ずかしい人と付き合ってると思われたくないので、誰にも言いません」
「は……恥ずかしい……」

 これでもうこの先ニアと付き合っていく上で、僕が主導権を握ることはなさそうだ……
 だがしかし、正直言って僕はニアとの関係を進展させたかった。
 そう、その為にも僕たちがキスを済ませることは、避けては通れない通過点には違いないと思っていた。
 ニアは、本当にキスなんかには興味が無いのだろうか……

「そ、そんなこと言うけどお前本当にキスとか、その、興味ないのか?」
「ええ、今までそのようなことを『したい』と思ったことはありませんので」

 ん?
 ということは……
 ニアがキスをしたいと思うようなことがあれば、もしかしたら可能性はあるのか?

「でも、僕たちは好き合ってるから、付き合ってるんだよな?」
「ええ、私はメロのこと、好きですよ?」
「そ、そっか……ははは……」

 こんなふうに『好き』っていう言葉は臆面も無く言えるくせに……

「なら、好きな人とキスしたいって思うのも、当然だと思うんだけど……」
「なるほど。やはりあなた、私とキスしたいのですね?」
「ぐっ……そ、そうだよ! 僕たち付き合ってるんだ、当たり前だろ!!」
「そうですね。ですが私はその『当たり前』というのが嫌いでして。そのような既成概念に縛られるほど、私達の関係は『普通』ではないと思います」

 ああ、そうだな。
 こんな会話、普通のカップルならしないって……

「まあいいです、話はこれまでで。私はあなたの気持ちを確認したかっただけですから」

 そう言うと、ニアはさっさと何処かへ行ってしまった。








「と、いうわけなんだ、マット。お前どう思う?」
「どうって……メロって可哀想な奴だなって思った」
「やっぱそう思うか?」
「うん、恋愛映画でキスシーンだけ繰り返し見てるだなんて、ホント可哀想だよ」
「…って、そっちかよ!!」

 話の流れでついつい口が滑ったのだが、自分でバラしてたら世話ないな、と思う。

「で、こうなったら僕としては意地でもニアとキスをしたいんだ。協力してくれよ」
「ん? どうしてそうなるの?」
「いや、このままでは僕はずっとニアに振り回されっぱなしだ。でももしニアがキスに興味をもってくれたら、立場としては対等に戻すことができる」
「……そうかな……? ま、俺は別にいいけどね」
「そっか、さすがマット! よろしく頼むよ」



 教室で会うなり、自分の恥を晒してまでマットに協力を仰ぐことにした。
 悔しいが、こと恋愛に関してはマットの方が一歩先を進んでいたんだ。
 マットはリンダと付き合っていたんだが、結構進んだ仲になってると、いつも自慢のように聞かされていたんだ。
 だから僕も……というのも、キス願望の原因に繋がってるのかもしれないな……



 こうして僕の『ニアとのキスをゲット!』作戦が、スタートすることとなったのであった。





 ニアにキスへの興味を持たせ、そしてそれを実行する。
 午前中の授業時間は、その作戦を考えることで頭が一杯だった。
 だが、今行われてる程度の授業内容なら、黒板と教科書を目で追う程度で簡単に身につけることが出来ているのだが、『ニアとのキスをゲット!』作戦は、どれだけハウスNo2の頭脳をフル回転させても思いつくことが出来なかった。
 結局昼休みまでに浮かんだ作戦は、大したものじゃなかった。
 でも何もしないよりはマシだ。
 というわけで早速マットの協力のもと、実行に移すことに決めた。
 
「ニア、悪いけどちょっとマットと話があるから、今日は先に食べておいてもらえるか?」
「ええ、構いませんよ」

 僕はニアを先に食堂へと追いやると、マットのところへと向かった。

「マット、悪いけどランチの後で早速頼むわ」
「ん、わかった。で、俺って何をすればいいわけ?」
「実は、ニアの前でリンダとキスをして欲しいんだ」
「えっ! えええぇぇぇぇ〜〜!! な、何言ってるんだ!? メロ!」
「いや……とりあえずニアにも『キス』って奴を見せたいと思って。よりリアルにそれを体験するには、知ってる奴のを直に見るのが効果的だと思ってな」
「そ、そそそそんなこと、お、俺、出来ないって……」
「え? キスなんて挨拶代わりなんだろ? 別にいいじゃないか」
「え、いや、だから『ニアの前で』ってのはちょっと……」

 ん?
 いつものマットの口ぶりからすると、もっとすんなりOKするかと思ったんだけど。

「ああ、でもリンダには『ランチの後、教育棟の裏庭に来てくれ』ってマットが言ってた、ってもう伝えてあるから」
「何っ!? な、そ、そんな……俺、やらない……」
「そうか……残念だったな。折角、リンダの研修旅行中にお前がハウスの女子寮を覗いて、ロジャーに反省室に放り込まれたの、黙っててやろうと思ったんだけど……」
「わっ!! わわわ〜っ! そ、それだけは勘弁してくれ〜〜!!」
「なら、決まりだな」

 僕はこのマットの反応で気がつくべきだったんだ。
 この作戦の大前提が、実は欠陥のあるものだったということに……


 僕は食堂に居るニアの元へと急ぎ、ニアを裏庭へと誘うことにする。

「なあ、ランチが終ったら教育棟の裏庭へ来てくれないか?」
「ん? 何をするんですか?」
「いや、ちょっと見せたいものがあってね」
「……とか言いながら、無理やり私にキスを迫るのではないのですか?」
「な!? お、お前、何言ってるんだ……そんなこと、僕がするわけないじゃないか……」

 まあ、あながち的外れというわけでもないが、無理やりではなく、あくまでニアからキスをしてくるようにもって行きたい僕としては、その選択肢は除外だ。
 とにかくニアを裏庭へ呼ばないことには始まらない。
 ここはあの『とっておき』を使ってでも……

「実は僕とマットの二人でラジコンのヘリを作ってたんだけど、そのテスト飛行をしたいって思って。。。まだ誰にも見せたくないから裏庭でしたいんだけど、玩具好きのお前の意見も聞きたいって思ってね」
「わかりました。すぐに裏庭へ向かいます」

 そのニアの予想以上の食い付きの良さに僕は内心苦笑いを浮かべながらも、マットとリンダのキスが果たしてニアへどのような影響をもたらすか、期待と不安を胸にしまいこむのであった。





 僕は一旦部屋に戻ると、マットと自作していたヘリを抱え、ニアと合流して裏庭へと向かった。
 マットにはメールで既に連絡を入れて準備を進めさせている。
 僕とニアの姿が見えた瞬間にリンダとキスをすることになっているのだ。
 それにしても付き合いの長い僕にとっても、ニアの玩具好きは想像以上だ。

「すごいですね、そのヘリ。全て二人の手作りなのですか?」
「ああ、といっても8割はマットだけどね。あいつ、メカに強いからな」
「そうですね。それでそのヘリ、私も操縦できるのですか?」
「ああ、もちろんそのつもりだよ」
「ありがとうございます! 楽しみです、ふふふ……」

 こいつ、僕とのデートの時でも、こんなに目を輝かせたことあったか?
 ちょっとムカついたが、今は好都合なので我慢することにした。
 とりあえず注意を逸らすために僕はヘリをニアへ渡すと、早足で裏庭へと向かった。





 僕は一足先に裏庭へ着いた。
 お、いたいた……二人とも今日は濃いキスを頼むぜ。
 そしてすぐにニアが追いついてくるのを見計らって、マットへ手を振って合図を送った。
 ニアもこちらへ到着すると、マットとリンダの二人に気が付いた。



「おや? 先客がいたようですね……」



 よし、ニアも気が付いた! 行け! マット!!



 僕の心の声が聞こえたのか、マットはおもむろにリンダの両肩を抱き寄せると、思いっきり口付けを交わした。
 まるで驚いたかのように目を見開くリンダ。
 そして……



 バッチ〜〜〜ン!!!



「いきなり何すんのよっ!! このスケベマット!!!」



 何とリンダがマットを思いっきり平手打ちしたのだ。
 そのまま崩れ落ちるかのように跪くマットを、リンダが足蹴にしている。

「あんたが私にキスするなんて100年早いのよ!! ふざけるのもたいがいにしてよね!!!」

 あれ……?
 マット……おいおい……

 そして、まるでボロ雑巾のように成り果てたマットを捨て置き、リンダは怒って僕らと反対側から教育棟の入口へと帰っていってしまった。

「なるほど……無闇にキスなどすると、あのような目に遭うんですね」
「え!? ニ、ニア……?」
「マットがあの様子ですと、試験運転はムリのようですね。では……」

 ニアも持っていたヘリを僕へと返すと、そのまま戻っていってしまった。





「おい! 一体どういうことだ、マット!!」

 僕は納得のいかない苛立ちを、リンダによって作られたボロ雑巾へと投げつけた。

「……い、いや……これ……に、は訳……が……」
「……お前……もしかして、見栄張ってたのか?」
「……うん、実は……」

 ゲシッ!!!!!

「うげっ……」

 僕はそのボロ雑巾を踏みつけると、ニアの後を走って追っていった。
 まさか、この僕の考えた作戦が裏目に出るとは……
 これでもう、迂闊にはキスだなんて言い出せない。
 ヘタな小細工を弄したことを後悔しながらも、僕は次の作戦を練ることにした。
 今度はもっと準備を万端にして、じっくりと時間を掛けて、完璧に計画を立てよう。
 ある意味、キスをすることよりもむしろ、ニアに自分の作戦を通用させることの方が優先されていくような感じだった。
 そう、僕たちの関係はこうでいい。
 恋人である前に、僕たちはライバルだ。
 僕はニアとキスする以上に、ニアに勝ちたい!

 その日の午後は、もうそのことで頭が一杯で、僕は『ある事実』をすっかりと忘れてしまっていたのであった。。。





 夕食を終え、入浴を済ませると、僕は机に向かって様々な思考を巡らせる。
 ただ、その問題には答えが無く、教科書すら存在しないのだ。
 だが、あのニアにも必ず弱点はあるはずだ。
 そこを上手く利用して……
 玩具好き、なんてのはどうだろう。
 それとキスを結び付けることは出来ないか……
 いや、ここはストレートに『暴漢に襲われるニア』を助けて、『メロ、ありがとうございました』なんて、お礼にキスとか……
 いやいや、僕のニアを例え演技とはいえ、そんな目に遭わせる訳にはいかない……
 ならば、もう一度マットを利用して……



 もう既に消灯時間が過ぎており、間もなく時計の針は12時を迎えようとしていた。
 だがそんなことは気にもせず、努力家の僕はまるでテスト前日であるかのように机に向かって集中していた。
 だから、ニアがこっそりと僕の部屋に入って来たことなど、気が付かなかったのである……



「メロ」
「え!?」



 いきなり声を掛けられて驚いた僕は、思わず声を上げて後ろを振り返った。
 壁に掛けられた時計が気を遣ったような小さな音で、12時の合図のベルを鳴らした。
 すると……



 チュッ!



 僕の唇に柔らかい感触が……
 そして目の前には、他の誰でもないニアの顔が、今までに経験したことのないほど大きく映っていたのだ。
 そう、僕たちのファーストキスは、味なんて気にする余裕の無いほどの不意打ちであった。
 程なく唇を離したニアは、すっかり硬直してしまった僕へと笑顔を向けると、こう言ったんだ。



「Happy birthday , Mello!」



 あっ……
 そう言えば今日って……



 ポカンと口を開けたままの僕に背を向けると、ニアはそのまま部屋を出て行ってしまった……








「あんな小細工を用意するなんて、メロも可愛いところがあるのですね、ふふふ……。それにしても今年はお金のかからないプレゼントで助かりました」

 限定プラモデルの為に、ネットオークションにて予想以上の出費を強いられたニアは、満足そうに自分の部屋へと帰って行くのでした。




―おわり―




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メロ誕あわせでjunさんとお互いリクエストしあう
プレゼント交換企画で書いていただいたSSです。
私としたことが健全ほのぼのSSのリクエストでした。
何か悪いものでも食べたんでしょうかね?
自分でも当時の自分の気持ちがわかりません…

でも、このSS大好きなんですよー。
ニアに振り回されるメロもワイミっこも可愛いったら
ありません!
マットが主役たちを食ってしまうほど美味しいのも
グリコのキャラメルのようです。(一粒で二度美味しい^^)
junさんありがとうございました!


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