小品集「Mello」第2話

「Eros」



「ねえ、これニアに似てない?」
図書室の大きな机にたまたま向かい合わせで座っていたリンダが
おもむろに画集を見せつけた。

そこには巻き毛の天使……ではない。
背中に羽根のはえた裸の少年の絵があった
きまぐれな恋の矢で人間を恋の病に墜とす
悪戯小僧のキューピッドだ。

「あー似てる似てるニアに!ねえメロ」
俺の隣で携帯ゲームに夢中だったマットも顔をあげて覗きこむ

「なんで、僕にそんな事を聞くんだよ!?」

俺はなんとも気分が悪かった
試験勉強の邪魔をされたのも理由だが、なによりこいつらの
こちらの反応を楽しんでいるかのようなキラキラしたまなざしが
猛烈に気に入らない!

少しすごんで言葉をぶつけてやる
「興味ねーよ!ニアの事なんて僕に関係ないだろう?」
顔をそむけ分厚いテキストにすぐ視線を戻したのだが

「だってメロ、いつもニアの事、気にしてるじゃない。」
リンダの悪びれない返答に俺の我慢メーターの針が激震した。

「僕がニアを?ふざけんなよ、いつニアの事、気にしたよ!
ただニアとは首席争いをしてるだけだ、次ぎこそニアに勝つし
一番になったらニアになんか目もくれないし…。」
「すげー…」
マットがゴーグルの奥で目を丸くする
「10秒のうちで5回もニアってゆった!」

メーターが臨界点を越え、マットとともに弾け飛ぶのだった。



3人はハウスの廊下でバケツを持って立たされた
古典ギャグみたいな罰だ、ワイミー氏は稀代の変人なので
時々こういう悪ふざけをロジャーに命じているようだ、
まったく道楽の金持ち老人ほど恐ろしいものはない…

「なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ?熱心に勉強していた優等生が!」
「それは俺のセリフだよー!どうして俺が殴られなきゃならないわけ?しかも両頬!」

さすがに女のリンダを殴るわけいかないからな。
「リンダの分までお前が殴られたから、お前は女の子を守ったヒーローになれたわけだ
僕に感謝していいくらいだぞマット」
「なにそれ、どーゆー理屈よ!メロー。」

「あ…」
リンダが小さく声を立て移した視線を追うと
騒動の元凶ともいえるニアがのっそりと歩いてきた。
いつものようにTPOをわきまえぬ白いパジャマ姿でおもちゃを抱き
たぶついた靴下を引きずっている。

こんな無様な姿をニアに見られるのは
耐えがたかった…!!!
まるで劣等生のようなこのザマを見て
きっとヤツは冷笑するに違いない、ちょっと一番だからって性格悪いからな!

ニアの足音が近づくと共に俺の心音も高まるのだった…
悔しい……
確かに俺はいつもいつもニアニアニアニア!
ニアを意識していた。


ところが……ニアは俺たちにはまったく目もくれなかった。
お気に入りらしいダーツの的と矢を手にし
うつむきながらも傲慢な雰囲気で通り過ぎていく……

なんだアイツ!
2番の人間なんて、僕になんて興味ないってわけか!?
へったくそなダーツなんて大事そうにかかえやがって!
どの位下手かというと遊技室でニアの後ろを通りかかった僕にかすったくらいだ、
なのにあやまりもしなかった!

俺は一瞬のうちに様々な感情が胸に渦巻き、身体が怒りで熱く火照り
バケツを持つ腕が振るえる、
そんな自身の反応を自分でも過剰だと思いつつ、どうにも押さえられないのだった
自分でも不思議なのだ…
なぜ僕はいつもアイツでいっぱいなんだ?


「やっぱり、キューピーさんに似てるねニア、幼児体型の所なんて特に。」
マットが廊下の隅に消えるニアを眺めながらつぶやく

「あら、あの絵はキューピッドじゃなくて、ギリシャ神話の愛の神エロスよ
キューピッドはローマ神話のクピードーやアモールの事!
もっとも今はエロスとごっちゃになってるけどね」
画家志望のリンダは絵に関しての博識を披露してくれた。

「知ってる?エロスの持っている矢は金色の愛の矢だけじゃなく鉛の矢もあって
それを射られた人間は恋を嫌悪するようになるんですって」

俺は思わずバケツを落としそうになった……
ある考えが頭に閃き身体を駆けめぐる!
『ニアが投げたダーツは鉛の矢だったのかもしれない…
だから僕はニアにむかついて仕方ないのかも…そうだ、きっとそうに違いない。
僕がニアを憎いのも僕の狭量さのせいじゃないんだ、鉛の矢のせいだ!』
妙に腑に落ちた気がした

だからこれでいいんだ、僕はニアを過剰に意識しても、追いつめてもいいんだ
そう思うとむしろ心が軽かった。

そして、たそがれが作る窓格子の影がのびる長い廊下の先に
俺はいつまでもニアの残像を追っていた……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


神話と現実をごっちゃにするなんて、俺も少年時代は可愛げあったんだなあ
ダーツが鉛の矢ではなかったのは現在では明白だ。
なにせ俺とニアは今は一緒に暮らし、肌を合わせる仲になっているのだから…


こんな昔の話を思い出しているのも、
レスターがクリスマスプレゼントに送ってきた新しいダーツが原因だ。

ニアはすっかり夢中になり、もう2日もダーツにかかりきりで
リビングの床中がはずれた矢だらけだ。

俺はニアの後ろの椅子に馬乗りに座り
チョコレートを囓りつつ、あきれてそれを見つめている。

身体は随分成長したのに、ニアの幼児性と銀色の巻き毛と白いパジャマは相変わらずだ…

レスターのダーツは特注でハート形の的に
まん中にピンク色で「MY HEART」の文字が浮かんでいた……
(俺は突っ込まない事にしている…考えると色々と怖いのからな)

もちろんまったく当たらない…こいつ、わざとやってる気もしてきた。
ニアならあり得る…可哀想なレスター…

「なあ、ニアもう寝ようぜ、いつまで下手くそなダーツやってるんだよ。」
俺は耐えかねて、吐き捨て気味に言葉をぶつける
3日も独り寝は勘弁だ!毎日だって抱きたいのに……


「下手くそは余計ですよ、メロ」
ニアは一人前にムッとした語調でふりむかずに答える、

「だってガキの頃から全然上達してないじゃないか、覚えているか?
お前はあさっての方向に矢を飛ばして俺を突き刺す所だったんだぞ!」

俺の言葉にニアの体はぴくりと反応した

そして矢を持ったまま、ゆっくりと振り向く…
「そんな事もありましたね……でもあれは成功ですよ?」

片手で髪をクルリといじり、うっすらと微笑みながら…上目遣いにつぶやく…
「あなたの気を惹くために投げたのです。」

俺はまさに心臓を金の矢で貫かれた!!

心臓が痛い位、心拍数があがる…!
顔が赤くなっているのが自分でもわかる、
こ、この小悪魔!!いや、まさに……エロスなのか?

俺はガキの頃からこいつの的にされ……恋と気付かずに振り回されていたってのか…

ああもう!無性に悔しい!!

俺は椅子から飛び降り、音をたててニアにちかづくと強引に体を
持ち上げ抱き上げる!

「ちょっと、メロ…私はまだ…ダーツを…」
有無などいわせるもんか!

「悪戯の時間は終わりだニア、お返しにお仕置きしてやるよ」
俺の黄金の矢で白い体を貫いてやろう、ベッドでは俺が優勢だからな。

「いっつもメロは自分勝手で乱暴なんだから…困った人です…」
ニアは文句を言う割には抵抗するどころか、俺の首に腕をからみつけてくる

どちらからともなく吐息がからまるまで顔を寄せ合う
俺の長めの金色の髪がニアの頬にかぶさり…
2日ぶりのゆったりとしたキス……

息が続く限り深く深く味わい
目をあけると黒い瞳がいたずらっぽく輝いている……

俺はまたしてもエロスの策略に嵌っているのだろうか?
酸欠のせいか風景と思考が揺らめく、
だが、足どりはとどこおりなく、いつもの寝室に向かうのだった。

理由もきっかけも罠でも何でもいい
今2人が一緒にいられるのなら…
そしてこれからも……

今夜は吹雪くとニュースが流れているが部屋の中は暖かい
そして心と躰をさらに熱くするために
なだれこんだ俺たちをシーツの海は優しく受け止めてくれた。


END