小品集「Mello」第4話
「L」
茫漠たる白い砂漠を歩いている…見渡す限りの白い空間は 方向感覚を失わせるが、飲み込まれては負けだ 全て同じに見えても同じものなど何一つないのだ… パターンを読み込み、集中し一つ一つクリアして 進むといつか白い世界にも「果て」が見えてくる。 白の果てに黒のラインがある… ここは旅路の果てのオアシスだ。 私は黒の混じったピースをパチリとはめ込むと 達成と満足が湧き上がる…… 端に「L」の文字が浮かぶ白いパズルが完成した。 「まだ、それ持ってたのかよ。」 メロが後ろから声をかける…彼の飲んでいるチョコレートリキュールが 暖炉の前の私にも微かに薫ってくる… 「ええ、ツリーの飾りを出している時に、しまっているのを 見つけて懐かしくなって…」 てっきり無くしたかと思っていたのだ、うれしくて夕食後はこれに没頭していた。 私は振り向かずに答え、何度目かのパズルに挑戦すべく 出来上がったパズルを崩し、ピースを床に撒いた。 そして、さっきよりさらにスピードを上げてみせます…… と、また白いピースをまん中から埋めだそうとすると… 「こっち向けよ、ニア!」 メロが叫んだ、怒号に近いと言っていい声色だ。 「気にいらねえ、人を無視しやがって…」 私が玩具に興ずると人に顔を向けないのはいつもの事なのに… 今夜はなんだ? つい先ほどまで、クリスマスディナーのチョコフォンデュで ご機嫌だったのに…… (むしろ私がチョコディナーにつきあわされて、げんなりしていた) うずくまったまま私が肩越しに振り向くと、 メロはノースリーブのレザーに身を包み足を組み 尖った靴を付きだしソファにふんぞり返って、私を睨みつけている。 マフィア時代を彷彿させる凄みをメロは誇示したいようだが、 ソファの横にはクリスマスツリーのお星さまやがボンボンが光り 床にはSPKが届けてくれた可愛らしい包装のクリスマスプレゼントが広がり、 メロの足元にはリドナーのくれたリボンをつけたテディベアが 転がっているので、あいにく迫力が出ていない。 そう告げたらまた怒るだろうな…と私が無意識にピースを 口元に当て思案すると、メロの視線も私の唇に移動するのに気が付いた…。 メロは私…というよりパズルを睨んでるのだ。 「Lにもらったんだろ、いつまでも大事にしてるんだな。」 「!」 なるほど…メロは嫉妬をしているのだな… 『すこし、やっかいですね、なにせ対象がLですから…』 メロは私のLに対する変わらぬ憧憬に嫉妬してるのだが、 同時に彼もLに激しく憧れていたのでLに目をかけられていた 私に嫉妬もしているのだ。 この複雑な螺旋の糸にメロは絡み取られ、 自分では認めることができず、浄化できない苛立ちを私にぶつけてくる。 私がだまっていると、メロは革靴の鋭利な音をたて背後に近づいてくる… こうなると怒りを吐き出すまでメロは収まらないな…と 考えてる最中に私の思考は物理的な力によってブレたかと思うと 床の押さえつけられる衝撃が上半身に走った。 見上げるとメロの野獣のような瞳が光り 私は彼にピースの散った床に組み伏せられている……。 押さえつける力は強く、彼の躰からはぎらつくような雄の匂いがする… 「メロはクリスチャンでしょう?クリスマスイブにレイプまがいの 事はやめてくださいよ、ただでさえ男同士なのに、 これ以上背徳を上乗せしてどうするんですか?」 私もだまっていればいいものを、余計に煽るような物言いをしてしまった… 一言多い性分なのもあるが、Lのパズルにまみれて犯されそうな 事態に生理的に過剰反応してしまったようだ… 「…強引にされるの好きな癖に…パズルが汚れるのがそんなに嫌か?」 メロに見透かされている… 「そんなに大事かよ…Lが…?」 メロの瞳には怒りとともの別の光りが宿っていた… それは多分…「哀しみ」と呼ばれる感情だ… その瞳に誘発され私の中からも混沌とした思いが心臓をつきやぶり 飛び出していく 「大事…ですよ、だって……だって…Lは私たちの目標だったじゃないですか、 唯一の目指すべき指標だったじゃないですか!あなただってそうでしょう?メロ」 Lを知る前…私の世界自体が白い砂漠だった、 天と地の境目はなく自分と砂塵の区別も解らない… 動物は弱肉強食、力が生存能力の強さ。 だが人間の世界は知能の高さが糧を得、生きのびる強さにつながる… しかし、高い知性を持ってしまえば、喰らい、生きているだけでは満足 できなくなる、生きる意味、自己の存在理由を求めてしまう、 何かを得たために何かを失ってしまったのだ! 幼い私は高すぎる知性を天から与えられ持てあましていた… 何を見ても単純で他愛なく感じ、楽しみは続かない… 楽しくもないのに他の生物の命を咀嚼し生きる事は苦痛だった しかし本能で人は生きる事を簡単にやめられはしない。 淡々と玩具の手慰みで日々を費やし、白い闇に取りこまれ、無感情に身をまかせる日々… そこにある日、突然、地平線が引かれた! 果てが存在する事により、中心が存在し初めて自分自身の存在を知る! ワイミーズハウスとLとの出会いだった。 あの日、私は本来の意味の人間になった。 進むべく道しるべをLに見いだしたのだ……! 私の瞳は無機質のままだったろうが、胸は熱く燃えさかり うずくまったままでも、心は遙かオアシスを目指し立ちあがり、一歩踏み出していたのだ。 それが…… 「でも……もうLはいない…いないじゃないですか!!」 私は手をクロスさせ目を覆った…… 自分の言葉がナイフのように自分に真実をつきつける… そう…もうLはいないのだ………!この世界に…私の世界に…! 私はこれからなにを見つめ、何を求めて彷徨わねばならないのか? 瞳から溢れる熱い飛沫にとまどう… なんだ……ああ、涙か……?涙、私が?泣いている… まさか自分が他人の前で泣くなぞ思わなかった… Lの死を告げられた時も涙などこぼさなかったのに! 涙がこんなに熱いものだと、もうすっかり忘れていたのに… それだけではなく、声までしゃくり上げてくる… メロの動作が止まった…子供のような私の挙動にとまどっているのがわかる Lのために泣いている事で、いっそう彼の気分を壊すかもしれない… どうしたらいいかわからず…どうとでもなれという気分だった。 私はたぶついたパジャマのカフスが濡れて重くなるまで メロに見せつけるかのように泣き続けた。 ふいに躰が宙に舞うように軽くなる…… メロが私を抱き上げているのだ、優しく。 彼は床に転がるプレゼントのリボンを踏まぬように気をつけながらも 軽々と私を寝室まで運んで行く、 最近の私は背も体重も増えているのに苦もなく子供を抱くように……。 ベッドはおろしたてのリネンの爽やかな香りがする その上にゆっくりと私は寝かされた… メロは背を向けて寝室のミニバーを開けなにかを取り出す、 そして再びベッドと私に歩み寄り、私の瞼にアイマスクを無言で置いた 冷やされたそれは心地よく、赤くなった私の目を癒してくれた… 私は目を閉じてその涼感を味わった、 メロはベッドに入る事なく椅子に腰掛けているようだ。 彼は普段は饒舌なほうなのだが、時々何もしゃべらなくなる… 無口というより存在さえ透明になり沈黙に溶けてしまうかのようだ もしかしたら、いつも張りつめているメロの素の姿なのかもしれない…… 私にとってその静寂は心地のよいものだった。 空間は空虚ではなく程良い湿度をたもち、 私を見つめる眼差しは闇の中でさえ感じる… 怒り、愛情、憐憫、友愛、共感、情熱、哀惜… 人間のあらゆる感情が入り交じったまなざしだ、 この感情に言葉をあてはめるなら……それは……「絆」 私たちは他人ではない…生も死もわかちあう運命共同体なのだ… だから臆面もなく彼の前で泣けたのだろう… Lに導かれ2人が出会い、そして誰よりも強く繋がり 今、ここにいる…! 私は腫れの引いた瞼からマスクをはがしながら 白いパジャマのボタンもはずした。 そして私の半身にベッドの上から手をさしのべる 「メロ、来てください。」 薄暗がりの中、メロが微かに笑ったような気がする、 彼はレザーを脱ぎながら、私の元に近づいくる… そして、私よりやや浅黒い腕を私の背中に回すのだった…。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 躰中に降らされた口づけの後が、軽く痺れる… 夜半を向かえる頃、やっと私たちは強すぎる抱擁と繋がりを はずし、ほってった体をやすめている…。 いつもと同じ情事の後だが、今夜はいっそうの多幸感を感じる。 耳元をメロが金髪でくすぐりながら小さく囁く… 「俺の本名、教えてやろうか?」 私は、とてつもなく驚いた!それはワイミーズ出身にとっては一番のシークレットだからだ! 「何を言うんです…メロ。本名は他人に言ってはならないと、あんなに…」 「俺とニアは他人じゃないだろ?」 メロの黒い瞳が少し丸く動き輝いた…私と似ている瞳…多分Lとも似ている瞳… また涙がでそうになったのを、必死で堪える……! 胸が締め付けられるという感覚を今、私は身をもって感じている ベッドの上でよかった 立っていたなら、間違いなく幸福で崩れ落ちていただろう。 「メロ…ありがとう、じゃあ私も教えてあげます…」 まずはメロ、次ぎは私と、 2人だけの部屋なのに内緒話のように耳を手で覆い、 そっと名前を告げ… 最高のクリスマスプレゼントを与え合う。 「以外と平凡だな、俺の名前のほうがカッコイイ」 「メロのほうが良くある名前ですよ!私のほうが都会的な印象です」 ひとしきりじゃれあい、口びるが軽く触れあうキスをして メロの腕枕の中、私はまどろむ……… 夢に飲まれそうになる時、「Michael」の綴りの最後が「L」 なのに気が付いた…… 長い旅路の果てに私がたどりついた場所…それはやはり「L」だった。 うれしくなった私はたくましく成長したメロの胸板に顔をすりつけ なにか、宇宙を司るおおいなるものに感謝をささげる… 『このイブにパズルが出てきたのもLの采配かもしれませんね…』 天上の星のすべてが輝き、地上行く人々を照らしますように 幸いの星が全ての人に降りそそぎますように 眠っていたと思ったメロの腕が少し力をこめ私を包む… 私はもう何も案ずることなく、その身をゆだね 聖夜の眠りの中に落ちていくのだった。 END |