小品集「Mello」第5話
「Ordinary day」
「明け方、雪が降ったんだな。」 カーテンを引きながらメロは雪化粧をした眼下の街を見渡す、 雪はやみ、雲間から覗く冬の日ざしが白銀のきらめきを街中に与えていた。 路上や庭先にはすでに何体ものスノーマンが立ち並び スクールバックを背負った子供たちが雪合戦をしながら学校へと急いでいる。 思いがけない銀世界にメロはもう犬のように外に出たくてウズウズし、 裸の体に大急ぎで手近な服を着て厚手のコートを探す 「どうしたんですかメロ?急に」 いきなりの騒々しさに白いシーツから不平そうに顔を出すのは メロの同居人であり、恋人でもあるニアだ。 「雪!雪だ!ニア、公園抜けてホットドックとコーヒーで朝飯にしよう 10分だけ待つ、それ以上は置いていく!」 「冬なんだから雪なんて当たり前じゃないですか… まったく子供みたいなんだから…」 文句をいいながらもニアはベッドから這いだし、バスルームに向かう 歯磨きを口にくわえたまま、クローゼットから一応外出用の 白いシャツとズボンと一枚だけしかないコートを取り出した。 「ぐだぐだ言うな、クリスマス週間はお前につきあって家ごもりして やったじゃないか、運動不足で体なまってるから外に出たいんだよ。」 運動不足!という言葉でニアは歯磨き粉で泡だった口をひし型に開けたまま 二の句がつげないでいる…… 昨夜も回数制限を無視してベッドで激しく体を使っていたのに どの口でなまっているなどと言うのだ…と呆れているだろう。 しかし、メロはそんなニアにはお構いなしに 玄関でご自慢の編み上げブーツを履きながらニアをせかすのだった。 身支度の遅いニアに苛つき、先に行くと声を荒げたが結局20分も 待っていた……。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 歩道の雪は出勤や通学の人々がせわしなく行き交い すでにだいぶ溶かされている。 人々はクリスマスの楽しみが終わったからか、パーティで飲み過ぎ食べ過ぎなのか すがしい朝の空気の中だというのに普段よりだるそうな表情だ。 街中のツリーはニューイヤーまで飾られるようだが、 やはり、クリスマス当日を過ぎると地味になっているなと メロはポケットに手を入れ、白い息を吐きながら隣のニアにつぶやく… しかし、ニアはメロから遅れた数メートル前の交差点でひっかかっていた。 あろうことかラテン系の親父にナンパされている、 あんのーちょっと目を離した隙に! ニアにニヤけて話しかけていた男は、前方からのただならぬ気配に気付くと 血相をかえ、そそくさとその場を去っていた、 無理もない皮装束の顔に傷のある男が目を血走らせ信号も無視し 自分にむかってくるのだから…… ニアはそんなメロをきょとんとした表情でむかえた 「メロどうしたのですか?そんなに焦って…」 「焦ってなんかねーよ、お前が隙だらけだから…悪いんだ! 簡単に誘われやがって……!」 メロは男が逃げ出し、あたる相手がいないので矛先をニアにぶつける。 「時間を聞かれただけですよ?時計は持ってないですが、家を出たとき8時43分 でその後の私の歩数と一歩あたりの所要時間から考えると8時52分40秒でしょう と答えたら面食らってましたけどね」 「お前の中身を知ったら、みんな逃げ出すだろうが、みかけは……」 「……?なんですか?」 「…………みかけはボンヤリしてんだから、危ないつーんだよ!!」 ニアは見た目は綺麗だから…などとはメロはとても言えず、 信号が変わったのを幸いに道をとって返し、話題をとぎれさせた。 ニアもぱたぱたと足音をたて雪の残る横断歩道を渡り着いていく ニアはだまってれば男も女も寄ってくるからな…始末が悪い… 俺ががっちりガードしておけばいいのだが、 さすがに朝っぱらから男同士でくっついて歩くのはきまりが悪いな… メロが心で愚痴をこぼしながら振り向くと……またニアの姿は消えていた! 『またかよ、あのグズ!』 メロは後方に探しに行こうと、走り出す前に脚をターンし四方を軽く確認した… すると……なんとニアの姿は前方数十メートル先の商店の軒先あった、 白いズボンと白い羊のコートに包まれショーウィンドゥにへばりついている。 「な、なにものだあ〜あいつは!瞬間移動かよ…!ふざけやがって!!」 からかわれている気分になり憮然とし革靴の音を鳴り響かせメロはニアに追いつく、 『どうせ、また玩具だろう、絶対、買わねーぞ!』 メロが怒りで眉をひそめながらニアの後ろからウィンドウの中を覗くと どうやら日本の食材を扱う店のようだ、大きなライスケーキの上に オレンジが乗っている… 「メロ、知ってますか?これは鏡餅というお正月の縁起物です、 でも、ここの店主は日本文化を少し間違えてますね、 本物はお餅の上はロボットのフィギュアを乗せるのです。」 ニアは得意そうに、おかしそうに微笑んでいる…… メロはお前こそ間違っている気がする…と言いたかったが、 鏡餅のまるっこい脱力感あふれるラインをみていると なにもかもどうでもいい気がし、 ニアの首ねっこをひっつかみ、公園に向かって引きずって行くのだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「もうニューイヤーの支度か、せわしないよなあ。」 公園に着く頃には、空はすっかり青く晴れ渡っていた。 2人は雪を払ったベンチに並んで座り、はしゃぎまわる散歩中の犬や子供たちを眺めながら 予定通りホットドックとコーヒーで朝食をとった。 サワーキャベツが酸っぱいのでケチャップよりチョコをかければいいのにとメロが提案し それは悪食というのですよ、とニアはにべもなく却下する。 他愛のない澄んだ朝。 「クリスマス休暇も終わりだな。」 「午後からはもう、仕事しなければなりませんね、ロジャーが 血管切れそうなメールをよこしてきてました」 「そうだな、お祭りは終わり、通常営業だ」 メロは革手袋の指を交差させ、そのまま伸びをしてベンチの背もたれに 体を預け空を見上げる。 いつも、ギラギラとひりついた皮膚感覚を友としていた自分が この小市民的平和にとけ込んでいる事が不思議だった… 退屈が死ぬほど怖かった、 その後ろに絶望が待ちかまえ飲み込まれてしまいそうだったからだ、 必死でそれに抗っている時だけ生きている実感を得ていたのに…… 冬の緩い太陽も直射を受ければまぶしい…メロは目を閉じ そして、ゆっくりと開ける… そこには、のぞき込むニアの瞳があった、 銀色の癖毛につつまれた白い肌に黒い大きな瞳の大人になりかけの少年、 かってプライドのすべてと生死まで賭けて戦ったライバル… そのニアが慣れ親しんだ眼差しと言の葉を自分に優しく投げかける… 「口にマスタードついてますよ、メロ」 平凡な家族としての日常会話…こんな会話をニアと交わせるようになるなんて ……平凡や退屈どころではない、これこそが奇跡じゃないのか… あまりにメロが目をそらさず、自分を見つめ返すので ニアは癖でうつむき、視線をそらそうとしたが メロはその顔をすばやく手で包みひきよせる… 「お前がとってくれよ…」 ニアは一瞬困ったような…照れたような表情を黒い瞳に浮かべたが そのままメロの口に自分の口元をあてがい、マスタードをぬぐう… メロは人目などどこへやらで、ニアの全てをむさぼるように唇に吸い付く、 ニアは腕をメロの首に回す、 雪で乱反射する陽光のプラチナの光りの中、 2人はいつまでもいつまでもキスを交わすのだった。 朝の冷気は和らぎ、緩やかな空気につつまれた帰り道、 ニアは仕事始めの面倒さに不平とロジャーのよこした資料のずさんさを嘆きながら歩いている。 『あれで、捜査をやりだしたら何日も寝ないほど没頭するんだよな…』 メロはポケットにあったチョコレートの銀紙を口で破り、 ニアの後を少し距離をとりゆっくりと歩きながら この12月を思い返す… 自分の生まれた日、メシアの生まれた日 ニアと過ごした特別な記念の日たち… だが、普段の何気ない今日、誰よりも大事な人間が側にいる… それが最上の喜びなのではないか? 大切な人間が自分を一番大切に思ってくれる幸福! ありったけの感謝をこめて抱きしめると抱き返してくれる喜び! お互いの想いが増幅され溢れる溢れる、 うれしさが渦を巻き、遙かかなたの天上に舞い上がる… そして、よろこびの賛美歌が光の花のように世界に降り注ぐのだ… メロは今、五感のすべてでそれを受け止めている、 何という歓喜! 何という至福! 生まれた事、生きている事、出会えた事、そして今ニアと2人、家路を歩むこと その全てが奇跡なのだ。 思わずこぼれる笑顔を隠すためサングラスを取り出したメロは 銀色の髪をゆらしながら先を行く恋人に向かい 「すぐ追い抜いてやるからな」 …と大股で駆け寄る 軽やかにダンスのステップを踏むかのように。 END |