「LUNATIC」


シーツの皺が青白い月明かりに深い陰影を与えられ
ベッドは波打つ海のようだ、その真中に
シルクのような肌を惜しげもなく晒し眠っているのはニア、
俺の恋人だ。

先程までは俺の物ともニアの物とも判別がつかない
混ざり合った体液でまみれていたニアの身体は
今は清涼なシャワーで流され、
繰り返された情事の痕跡を示すのは
点在する俺のくちづけの後と、うす桃色に上気した寝顔くらいだ。

俺はベッドのそばのソファに腰掛け好物のチョコレートを齧りながら
満足気に眠るニアの顔を見つめている…
俺自身も大いなる満足感に浸っていた。

他人との接触を好まず必要以上な距離をとるニアが俺にだけは素肌も痴態も露に、
乱れしがみつき喘ぎ情欲の嵐のあとは心までゆだね安心しきって眠るのだ。

殺伐と競争しあった幼い頃から、こんなに溶け合う関係に
なるまでの長い日々を思い出し俺の口元は笑みが止まらなかった。

ついに夢に見ていた日が来た。
狂気をはらんだ月光が冴え渡るそ今夜をその日にしよう、


ニアを殺すのだ。


ニアに出あったその日から縛り付けられていた狂おしさから
今夜ようやく解放される、
「ニア、俺の勝ちだ…」
胸のうちでつぶやきながら足音を立てぬよう、枕元にしのびよりニアの寝顔を見下ろした、

月の光は雲でかくれ、周囲はおだやかな闇につつまれている
深く落ちた瞼は開く心配はないようだ、自分の運命など気づきもしない
やすらかな寝顔…
俺に愛されて守られていると信じている可哀想なニア、愚かなニア。

俺はいつだってお前を壊したかったのに

ただ油断させるそのため、抱擁、くちづけ、快感を与えただけなのに。
身体を重ねて突き上げながらお前が裂けてしまえばいいと
いつもいつも思っていた…

こいつは昔から俺の本心など気づいた事は一度もない…
わかったような顔をして何もわかっていない、本当の俺など何も知らない。

先程までの勝ち誇ったような気分が消え、
いつしか俺の胸に敗北感が忍び寄っているのに気がついた。

ニアの事を考えるといつも、こんな風に思考がどうどう巡りをおこす
俺の中にはいつもニアがいる、そして俺の感情を乱し混乱させ精神に巣食い俺を捕えるのだ…


だからニアを消さなくてはならない、ニアさえ消えれば明日の朝から俺は自由だ。

俺はまばたきを忘れたように目を見開きニアの首に手をかける。

ひと思いにやろうか?それとも存分に苦しめるか?
柔らかく程よい湿めり気をたたえる、その白い首に指を巻きつけ
俺の背筋は熱いのか冷たいのかもわからない高揚感に震えている。

よし、さっさと終わらせよう…俺は指に力を入れた…

その時、ふいに視界が明るくなった、
雲間から月がふたたび顔を覗かせたのだ。

月の光はベッドに横たわる、あどけなさの残る丸みをおびたニアの頬と
柔らかなくちびるを魅惑的に照らし、銀色の髪に反射しプラチナの粉をふりまき
また雲に隠れた…

その一瞬の月光の魔力に俺の指は力失い思わずニアに見とれていた。

朝にはもう、あの唇から皮肉も憎まれ口も聞く事は出来ないのか…?
なんだか少し惜しい気がする。

最後の記念にニアに自分のくちびるを寄せた、
別れのキスをしよう。

長い長い焦燥と葛藤の日々に、
誰よりも憎み、誰よりも俺の一部だった俺のニアに…。

身体に触れぬよう両手をシーツにつき覆いかぶさるよう
唇だけ軽くニアに触れる。

羽毛より軽いキスのはずだった、なのにすぐさま反応が起こった!
ニアのほうから強く吸われ俺の口腔に舌がしのびこんでくる
熱いそれは俺の中をなめつくし、腕は首にからみつきグイと俺の身体をひきよせた。

『しまった、起きちまったか…』
どうする?意識があろうがなかろうが、ヤっちまうか?
どのみち腕力では俺のほうが上だ。

お互いの舌を絡めながら、俺はベッドの上に上がりこみ全身で
ニアの身体を押さえつけた
酸欠寸前にようやくニアが唇を離す…薄闇の中でも
大きな白目が光るように俺を見据えているのが解る…

『今度こそ、さよならだニア…』

「いいですよ、メロ」

俺の心臓は波打った!心の中を読まれたのか?

「まだ、足りないのでしょう?」
「え?」
「だって…メロ…また」

ニアは俺の腰が触れている部分の体を揺らした、
なるほど…

興奮と緊張でアドレナリンが身体を駆け巡ったせいか
俺のものは下だけ履いていた皮のボトムを突き破りそうに怒張していた。

「寝る前にあんなにしたのに…」
おかしそうに生意気な口をきく、どうしてこんな口を惜しいなんて思ったのだろう?
悔しくなった俺はレザーを脱ぎ捨てると、噛み付くように
その口をふさぎ黙らせた。
そして待ちきれないと、そそり立つ自分自身を解放するためニアを解きほぐし押し入っていった。

汗と吐息にニアの嬌声が混じり、
俺たちは小夜啼鳥の声も聞こえぬほど夜明けまで絡み合うのだった。


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目覚めるとすでに正午を回っていた、
中空から暢気そうな陽光がふりそそぎ、窓からの風を受けながらブランチをニアと2人つつく

目玉焼きは半熟がいいがゆで玉子はハードボイルドだと何度言ったら覚えるんですか?

と食事作りの手伝いもしないニアがほざき、嫌なら喰うなと俺がキレる
いつもの昼下がりの光景だ。

昨日、殺り損なったので、また恋人の芝居を続けなくてはならない…

ゆうべだけではない、もう何度もこんな失敗を繰り返してるのだった。
内心毒づきながら、これだけはニアが淹れたホットチョコレートを飲む

「美味い…!」
何故かこういう朝は味覚が冴えているのか格別美味く感じる、
てらいのない賞賛にニアは目を細めた。

無邪気なもんだ…
焦る事はないか、こいつはもう手の内に堕ちている、
後は俺の胸先三寸でこいつの未来が決まる…
ジョーカーを握っているのは俺だ。

「メロご機嫌ですね」
知らず知らずのうちに俺は口角が上がっていたらしい。

「まあな」
「いい事があったんですね?」
「正確には良い事が先延ばしになり、更に楽しみが増えたと言った
ほうがいいな、さあ、そろそろ仕事にでもするか!」

伸びをしながらバスルームへ向かい、食後の歯磨きをしながら鏡をなにげなく見る…

「またかよ」
首筋に赤い斑点が出来ている、ニアの奴、目立つ所にキスマークを
つけるなと何度も言っているのに!

しかも歯をたてたのか、触れると痛む。
それは愛情の激しさの刻印にも見える……俺は完全にニアを手中にした満足感と
なぜかそら怖ろしさが混ざったような奇妙な感覚に囚われた…。

しかし、ロジャーからのヒステリックな連絡音で白昼夢は覚めた
俺はニアのいるモニタールームに向かい、膨大なデータを
相手に仕事を始めた、またいつもの1日が始まるのだった。


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横で眠るメロが目を覚まさぬよう、私の肩にのせた腕をすり抜け
私はベッドから降り立ちサイドテーブルの引き出しをあけ
細く鋭利なペーパーナイフを取り出した。

窓の外には沈みゆく夜明けの月が見える…
満月になりそこないのそれは赤らんで血の色にも見えた。

今日がいい、今日やってしまおう。

私はベッドの側に戻りメロを見下ろした…
疲れ果てて目を覚ます心配はなさそうだ、そのために一晩中相手を
したのだから。

「ん…」
かすかな寝息をたて寝返りを打ったメロは丁度良いポジションに
首元をさらしてくれた。
やはり、今日が「その日」なのだろう。

私はナイフをメロの首に突き立てた。
このまま力をこめて刺し込もう、もうずっとこの日を待っていた。

メロがハウスを出て行ったあの日からずっと…
もう一度会えたなら、2度離さないと誓った
彼を私だけのものにするには、この方法が一番だ。

「愛してますよメロ。」

ナイフに力を入れようとした、その時
窓の桟に光が反射し私の目にまで飛び込んだ。

しまった…朝日が昇ってしまった…
これではもう心を狂わす月光のせいにできないではないか。

私はため息をつき、引き出しにナイフをしまった、
そしてまた上掛けのシーツとメロの腕の中に潜り込む

計画は単に延ばしただけだ、明日こそ決行するかもしれない
それまでにメロの身体の温かさを楽しんでおこう…

人肌のぬくもりがまた私を眠りにいざなう…
メロも今日は昼まで起きれないだろう、それまで一緒にねむる事にしよう。

目覚めたらメロにホットチョコレートを作ってあげよう、
なぜか、こういった日の翌日のメロはご機嫌なのだ、
きっと美味しいと喜ぶに違いない。



END





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愛し合っていてもすれ違ってしまう事があるなら
すれ違っているのに愛し合ってしまう事もあるかもしれない。
それは同じものなのか、違うものなのか?

少しエキセントリックなメロニア話のつもりだったのですが、
単に究極のバカップルのような気もします。

2009・6・8