『Love Game <中編>』
FBI長官から指示を受けたジェバンニは、Lへ連絡を取るべくワタリへと通信を繋いだ。 「こちらFBI本部所属、コードネーム『ジェバンニ』です。暗証IDはMGTLJ190056S」 「……ワタリだ。用件は何だ?」 だが、そのいつもとは全く違ったワタリからの応対に、ジェバンニは思わず自分の耳を疑ってしまった。 ワタリが丁寧語を使わないなどということは、これまで一度もなかったからである。 「え!? あ……えと……その……」 「グズグズしてないでとっとと言え! 通信を切っちまうぞ!!」 「は、はい、すいません!」 そのワタリの声は確かにいつもの合成音声なのだが、口調は全くといっていいほどの別人である。 「先日、Lへと依頼させていただいたロサンゼルスでのFBI捜査官殺人事件の捜査経過報告を受けたいと、長官が……」 「断る」 「はい?」 「こっちは忙しいんだ! そんなどうでもいいことに時間を割けるか!」 「え!? ど……『どうでもいいこと』だなんてそんな……」 「それに用件のあるのが長官だというなら、長官本人から直接連絡を寄越すように言っておけ」 「で、ですが」 プツン…… 「え? そ、そんな……」 それだけ言い終えると、ワタリは本当にジェバンニとの通信を切ってしまった。 その後、ジェバンニは事の経緯を長官に報告したのだが、ジェバンニの応対に問題があった為にワタリの機嫌を損ねてしまったと思われた為、長官からこっぴどく叱られてしまったのであった。 「くそっ! こんな煩わしいこと出来るか!」 ジェバンニとの通信を切ったメロは、不機嫌さを隠そうともしなかった。 「何で俺が『ワタリ』だなんて、『パシリ役』や『雑用係』みたいなことをやらないといけないんだ!?」 初代ワタリが聞いたら化けて出そうなことを口にしつつ、メロはニアへと食って掛かる。 「いえ、あなたが私との日々の生活に充足感を得るには、こうしてLの仕事へと身を置く事が手っ取り早いと思ったので」 ニアは床にばら撒いたブロックを積みながら、メロの方を見ようともせずに平然と答えた。 「じゃあ、何でワタリなんだよ!?」 「だってLを正式に継いだのは私なんですよ? それにあなた、もし私がLの座を譲ると言っても素直に受け取らないでしょう?」 「うっ……そ、そりゃあ……」 確かにメロの性格からすると、譲ると言われたからといって、素直に受け取るとは思えなかった。 しかしながら、だからといって代わりにワタリ役を引き受けることの方が、むしろ有り得ないことはニアもわかっていた。 「私だって、少しでもメロに活き活きとしてもらいたいからこそ、このような方法を考えたんですよ? 好きな相手に自分との生活が物足りなさそうな顔をされる、私の辛さもわかってください」 ニアの口から初めて「辛い」という言葉を聞き、メロは少しショックを受けた。 何気ないことだったとはいえ、気付かぬうちにニアの心へ負担を与えていたことを、今初めて悔やんだ。 だが、それを以っても自分がワタリを勤めることは納得出来そうにない。 「そ、そりゃ悪いとは思うが、しかし……俺がワタリだなんて……」 そのメロの反応を見て、ニアは指先で髪の毛を弄り、不満そうに口を尖らせながら言った。 「わかりました、別にいいですよ……では代わりにジェバンニに『ワタリ』をしてもらいますから」 「な、何だと!?」 そのジェバンニの名を耳にしたメロは、瞬時にキラ事件直後のニアの病室でのワンシーンを思い出した。 そう、ジェバンニがニアへキスをしようとしていた場面を…… 「だ、ダメだ!! あんな奴にニアのこと任せられるか!!」 「ですがロジャーをクビにした以上、ワタリ無しでは私のLとしての仕事が成り立ちません」 「ならロジャーをもう一度ワタリに戻せばいいだろうが!」 「嫌ですよ、あの人結構くだらないミスばかりするんですから」 なんだよ、結局こいつ、ロジャーをクビにしたかっただけなんじゃないのか……? メロはそう思いつつ、しかしながら自分がワタリをすることには納得できないし、ジェバンニがワタリだなんて許せるはずもなかった。 どうしたものかと考えながら、メロが難しそうな表情でチョコを齧っていたときであった。 「……勝負、しませんか?」 ふと、ニアが玩具遊びの手を止め、メロを見上げながら言った。 「は? 勝負だと?」 「ええ……見たところあなた、このままワタリをすることには納得できそうにないようですし、私としてもLを継いだのはあなたが後継者を辞退してハウスを出て行ったから、というのでは少しスッキリしません」 「スッキリしないって、どういうことだ?」 「私は今でも、もしかしたら私よりもメロの方が『L』に向いているのではないかと思う時もあるんです。そう、特に自身の行動力が必要な時などは、私は前Lには及びませんから」 「そんなこと今更言っても……」 「ですから、正式に『Lの座』を賭けて勝負しませんか? と言ったんです。それで勝ったほうが『L』、負けたほうが『ワタリ』を勤めるというのはどうかと」 そのニアの提案は、少なくとも今の状況を打破するには有効であるように思われた。 メロとしても正式な勝負の結果というのであれば、まだ幾分納得できそうだからである。 もちろん、自分が勝ってニアを『ワタリ』にするのも、面白いかもしれないという考えもある。 だが、このニアの提案にメロは僅かながら引っ掛かりを感じた。 Lの座を賭けての勝負を持ち出すだなんて、ニアの性格からして不自然な気がしたのだ。 「……なあ、ニア。お前負けたら本当にワタリになるのか? 俺にはどれだけ想像力を働かせてもお前がワタリをする姿が思い浮かばないんだが」 「ええ、私が負けた場合はもちろんそうします。それでメロが私との生活に充実感を持っていただけるのであれば」 「本当かよ……どうも嘘くさいな」 「まあ、確かに『嘘』かもしれませんね。何せ私、自分が負けるだなんて思ってませんから」 その瞬間、メロの目つきが一気に鋭くなった。 「……何だと?」 「私は自分がLを『続ける』上で、気持ちをスッキリとさせるためにこの勝負を持ちかけたんです。直接あなたに勝つことによって、あなたの後継者候補の放棄によるLの継承ではなく、自分の納得いく……」 「いいだろう、その勝負受けてやるよ」 「本当ですか?」 「ああ、そして……」 パキッ!! メロは両目を見開き、チョコを大きく齧りながら言った。 「勝ってお前をLの座から引きずりおろしてやる!!」 「というわけだ、マット」 「……何が『というわけ』かわかんないよ……」 メロは今、リンダと一緒に暮らしているマットの居るノーリッジへと訪れていた。 マットはキラ事件で銃撃を受け、瀕死の重傷を負ったのだが、奇跡的に一命を取り留めていたのだ。 それから約一ヶ月半、リンダの献身的な介護のおかげもあって今ではすっかり回復していたマットは、画家であるリンダのマネージャーを務めるため、絵画などの芸術関係の勉強をしていたのである。 「だから俺の仕事を手伝えって言ってるんだ」 「手伝えって……確かに今、リンダは仕事でしばらくの間留守にしてるけど……俺も色々と勉強で忙しいんだよね」 「……お前、この有様を見てそんな言葉が信じられると思えるのか?」 メロが辺りを見渡すと、部屋のいたるところに漫画本が散らばり、テーブルの上には食べかけのハンバーガーと灰皿から溢れた吸い殻が転がっている。 ソファーの上にはやりかけの携帯ゲームが光と音を撒き散らしているし、パソコンのモニターには日本のアニメーションが流れている。 「え、だからこれはグラフィック関係の勉強の一貫で、特にリンダの絵を違った観点から見直すのに必要不可欠なんだって」 「……やれやれ、リンダの言ったとおりだな……」 ギクッ!! メロの口からリンダの名前が出て、マットは明らかに動揺の色を見せた。 「……メ、メロ……リンダから何か聞いてるの……?」 「ああ、自分が留守にしている間、きっとマットは自堕落な生活をしている筈だから、探偵の助手でもなんでも扱き使ってくれって頼まれたぞ」 「え、そ、そんな……」 ははは、なんだこいつ、すっかりリンダの尻に敷かれてるのかよ。 メロは思わず笑いを零しそうになりながらも、凄みを出す為に真剣な表情へと戻る。 「要は、既にリンダからの許可を得てるってことだ、それに……」 「それに?」 「俺が前にここを訪れたとき、お前ら3人で俺のことを騙したの、忘れちゃいないよな?」 「……」 パキッ!! マットは少しでも気を落ち着けようとタバコに火を付けたのだが、手が震えており動揺は隠し切れない様子だ。 メロは目を大きく見開き、マットを睨みつけながらチョコを齧った。 どう考えても、マットに拒否をする権利はなさそうである。 「……わ、わかった……手伝わせてもらうよ」 「そうか、悪いな!」 全く『悪い』だなんて思ってないくせに…… マットはそう思いながらも口にすることなど出来ずに、話を進めることにした。 「それで手伝うってことは、俺は『L』でいうところの『ワタリ』役をこなせばいいってことかな?」 「ああ、俺は探偵『M』として『L』と同じ事件を同時に捜査することになっている。そこで先に事件を解決したほうが勝ちという、いたってシンプルな方法だ」 「その事件って一体、どんなものなの?」 「それはこれから次に『L』に依頼の入った難易度Aランク以上の事件だ。その事件に関してはLの方から相手先に別途Mの方へと依頼を出すように指示することになっている。だから今はまだどんな事件かはわからないんだが……」 ピピピピ、ピピピピ…… と、ここでメロの持ってきたパソコンに通信が入った。 「ははは、タイミング良過ぎだな。じゃあマット、『M』として通信を受けてくれ」 「早速かよ……まあ、仕方ないな」 こうしてメロはマットを率い、『M』として『L』と同じ事件を追うことになった。 ニアとメロの二人が引き受けた事件は、イタリアのマフィアが絡む事件で、マフィアの抗争の原因となる麻薬の取引ルートを割り出すというものであった。 ニアは今回の事件の捜査においては、旧SPKメンバーの3人に『ワタリ』役として協力を仰いでいた。 そこにジェバンニが含まれていることがメロにとっては不満ではあったが、その辺は裏でしっかりとリドナーにお目付け役を頼んでいた。 もっとも、ジェバンニにしても与えられた指令を必死にこなすので精一杯だったので、余計なことを考える余裕などはなかったのではあるが。 SPKの3人は、もちろんワタリとしての仕事は初めてではあったのだが、元々キラ事件捜査でずっとニアと一緒に捜査をしていたので、そのコンビネーションには全くといっていいほど隙はなかった。 ニアの指示に対しても、ロジャーひとりに比べ迅速に対応することが出来たので、キラ事件以降で最も効率よくLとしての捜査を行うことができていた。 一方、SPKメンバー3人に対して『M』の『ワタリ』役はマットひとりであり、もちろん人数は圧倒的に不利である。 だがワイミーズハウスで幼い頃から特殊な訓練を受けていたマットは、得意分野においてはSPKメンバー3人をも凌ぐ実力を発揮していた。 また、ハウスという特殊な環境で共に育った二人のコンビネーションは、それこそ「阿吽の呼吸」というに値するもので、お互いの意思疎通に関しては全くと言っていいほど阻害要件がなかった。 そして何より指揮を執るメロ自身が足りない人員を補う以上の働きを見せ、その行動力こそニアに勝る武器であった。 さらにメロ自身、キラ追う為にマフィアに身を置いていたこともあり、今回の事件の捜査においてその経験は大いなる武器であった。 メロは思った。 今、ニアと競いながら事件を追っているこの瞬間こそが、最近感じていた自分の物足りなさから完全に解放された状態であるということを。 ニアをどのように出し抜くか、そしてニアの前を行く為の駆け引き、さらにそれを実現する為のマットとのコンビネーション……そう、まさにキラ事件捜査時と同じ緊張感が、今の自分には備わっているということを。 やはり自分は例え危険の中に身を置いたとしても、こういった事件に第一線で関わり、そして思い描く目的の為に自らが動くことが、自身の存在意義を感じることの出来る最高の瞬間であるということを…… その為にはやはり、ワタリ役などは出来ない。 そう、何としてもニアに勝って、そしてLとしての自分を勝ち取ることが自分にとっての一番なんだと決心した。 イタリア警察から同じ情報を得ていたニアとメロの捜査状況は、最終局面を迎えるまで、ほぼ互角と言ってもよかった。 だが、最後に勝敗を分かつ要因となったのは、『L』という名の知名度であった。 そう、今回の事件に関してはその知名度こそが、Lにとっては裏目に出てしまったのだ。 実はマフィアは自らの犯罪行為の捜査に、あの『L』が乗り出したことに気が付いていた。 なので、Lを相手にする為の対策を十分にとっていたのだ。 もちろん、例えそのようなことをしたとしても、結果的にマフィアがLに勝つことは出来ないであろう。 それこそが『世界の切り札』と言われるゆえんである。 だが、今回は『L』に匹敵するであろう探偵、『M』がいた。 その無名のMに対してのマフィアの直接な対策はなく、その相手の動きによって最終的にはメロが捜査の詰めを向かえるところまできたのだ。 結果、あとはメロが地元の警察隊に指示を出せば、麻薬取引の元締めを押さえることが出来る状態になっていた。 「マット、相手の様子はどうだ?」 「ん、大丈夫。相手は全くこちらの動きに気が付いていない。やはり完全に『L』の方に気をとられているみたいだ」 「そうか……まあ、こんな勝ち方じゃ100%満足はいかないかもしれないが、元々この勝負は結果が全てだ。よし、こらから仕上げに入るとするか」 「了解。じゃあ……ん!? もしかしてこれは……?」 「……どうした? マット」 メロが最後の一手を打とうとした瞬間、マットが言葉を詰まらせた。 「いや、ちょっと前に相手組織の別働隊が妙な動きを見せてたんだけど……今、奴らの通信を傍受できたんだ。そしたら……」 「そしたら?」 「奴ら『L』の……そう、ニアの本拠地を掴んだみたいなんだ」 「な、何だと!?」 「どうやら、L側のメンバーの一人が通信のジャミングに失敗したみたいで……このままじゃニアが危険だ」 「なら、すぐにニアへ通信を入れろ!」 そう叫ぶメロへ、マットは首を横に振りながら答える。 「ダメだ、今からじゃ脱出するのは間に合いそうにないよ」 「……本当か?」 「ああ、ただ……」 「ただ……何だ?」 「ニアの本拠地、こっちの警察隊の待機位置から近いんだ。だから……」 「そうか、なら話は簡単だ」 「でも、こっちの警察隊をニアの護衛に回すと、相手の本拠はL側の捜査員に押さえられちゃうよ?」 「そんなの構うかよ」 そこでメロは、マットが驚く程の優しい声でそっと呟いた。 「俺にとっての『一番』は、何があっても守らないといけないものなんだよ……」 ―つづく― |