「Trick Art」<中編>
****************************** 「目が覚めましたか? ニア」 「……メロ……?」 「!? ニア、大丈夫ですか?」 「……ここ、は……」 ニアが目を開けると、窓際に白いカーテンが揺らいでいるのが目に入った。 白い天井に壁もベッドもシンプルな白を基調としたその部屋は、おそらくどこかしらの病院の個室であるように思われた。 その白一色の光景においてニアを心配そうに覗き込むのは、黒を身に纏ったジェバンニであった。 「ジェ……バンニ……」 「よかった……気が付いたんですね、ニア」 「……ええ、ご心配お掛けしました」 「いえ……ですが無理も無いですよ。キラ事件の終結後、4日間も寝ずに事後処理をなさっていたんですから」 「1日でも早く……終わりにしたかったんです」 「だからといって、無茶をして倒れてたら元も子もないですよ」 「そうですね、すいません」 「とにかく今は、ゆっくりと身体を休めてくださいね」 「……わかりました」 ジェバンニがこれほどニアへ自分の意見を述べることは、実は珍しいことであった。 だが、それもひとえにニアの身を案じてのことで、それはニア自身もわかっていた。 ニアが素直に答えてくれたことに少し戸惑いながらも、ジェバンニはベッド脇のサイドボードに置いてあった詰め合わせの果物を手に取る。 「喉が渇いていませんか? リンゴを剥きましょうか」 「……お願いします」 『夢……だったんですね……』 先ほどのメロとのひと時、ハウス時代の思い出から一転、ニアは現実へと引き戻されていた。 そこには、ようやく結ばれたはずのメロの姿はなかった。 ハウスを出たあと、SPK本部にて一度は再会を果たしたのだが、メロとはもう二度と会うことはできない。 その現実は、たった今メロと同じ時を過ごしたばかりのニアにとって重くのしかかっていた。 「ニア……先ほど、『メロ』と言っていましたが……」 「!? い、いえ、何でもありません……失礼しました」 そう気の無い返事を返すニアへ、りんごと果物ナイフを手に、ジェバンニがちらりと目を遣った。 そして俯きながらじっとしているニアへ、ジェバンニは意を決したように語り掛けた。 「ニア……私達3人は間もなく、合衆国へと帰らなければなりません」 「そうですか」 そう、事後処理を終えた直後にニアは倒れ、まる2日間眠り続けていたのだ。 ジェバンニとリドナーによってニアが病院へ運ばれる間、レスターが合衆国へ事件の報告を済ませ、その結果レスターとジェバンニがFBI、リドナーがCIAへと復帰することが決まったのだ。 そしてニアのことはすぐさま旧ワイミーズハウスの管理人であったロジャーの下へと伝えられ、一旦ニアはイギリスへ戻ることとなったのである。 その後、ニアは正式にLの後継者としてICPOへ召集されることになるのだが、それ以上の詳細はとにかくニアが回復してイギリスへ戻ってからということになっている。 「それでニア……これはニアが許して下されば、なのですが……」 「何でしょう?」 「私……いえ、僕を一緒にイギリスへ連れて行ってもらえませんか?」 「!?」 そのジェバンニの申し出に、ニアは真相を計りかねた。 ニアはジェバンニが当然の如くFBIへ復帰するものと思っていたし、単にイギリスへ行くだけなら、わざわざ自分へ断りを入れる必要もない。 そもそもSPKはキラ事件中にとっくに解散をしており、さらにキラ事件が解決した今、ジェバンニが自分と一緒にいる理由などないのだ。 なのに彼は…… 「……一体何が目的ですか? ジェバンニ……」 「ニア……僕はただ、あなたの役に立ちたいだけなんだ」 「私の……?」 「ああ、そうだよ」 ジェバンニの口調は、いつの間にか上司と部下のそれではなく、一人の男性として年下の青年に優しく語り掛けるものとなっていた。 「僕はあなたのことがとても心配だ。この病室でも二日間、ずっと傍にいたんだけど、不安で仕方が無かったんだ」 「……」 「キラ事件も終わり、この現実世界に絶望を抱いてしまったあなたが、もうずっと、目を覚まさないんじゃないか……なんてね」 「……そんなことはありません」 「ですが、先程もうわ言のように『メロ……メロ……』と繰り返してた」 「……」 「僕はあなたの役に立ちたい。あなたの傍にいたいんだ……!!」 ジェバンニはベッドの脇で膝まづき、俯くニアを覗き込むように見上げる。 そしてそっと両手でニアの手を包み込むように握った。 その自分を見上げるジェバンニの誠実さを、ニアは良く知っていた。 彼が心から自分を心配してくれているのも、その真剣な、それでいて穏やかさを湛えた眼差しから伝わってくる。 そして握り締められたこの、手の温もりからも…… 「……私に……優しくしないでください」 「ニア?」 「これ以上、私の心に入り込まないでください……」 「だけど……」 「……もう、たくさんなんです! 大切な人を……失ってしまうのは……その辛さを味わうのは……」 俯くニアの瞳から、シーツの上にポタリと透明な雫が落ちた。 これほど自身の感情を露にするニアを、ジェバンニは初めて見た。 キラ事件が終結し、張り詰めていた緊張が解かれたからであろうか。 それとも、この繊細でか弱い姿が本来のニアなのだろうか…… 「ニア……」 「え!?」 ジェバンニはニアをそっと優しく抱きしめた。 驚きのあまり、ニアは一瞬身体を強張らせたが、すぐに両手を突き出してジェバンニから身体を離そうと試みる。 「や、やめてください! 私に、触れないでください!」 「駄目だよ、ニア……そんなんじゃ、新しく前に進むことなんてできないよ」 「いいんです! 私は……私は……」 だが、次第にニアの力が抜け、代わりにその瞳からは止め処もなく涙が溢れていた。 そんなニアが、ジェバンニは愛おしくて仕方がなかった。 ニアを抱きしめる力を強め、しかし優しく頬を寄せると、耳元でそっと囁いた。 「僕は、絶対に死にません……絶対にいなくなりませんから、だから……」 「……ううっ……」 「ニア、僕があなたを……ずっと傍で……」 ジェバンニは最大限の優しさを込めて、ニアへと微笑み掛けた。 涙越しではあったが、ニアにとってそのジェバンニの笑顔は、とても安心感を与えてくれるものであった。 「……ジェバンニ……」 「……ニア……」 ジェバンニを見上げ、ニアは瞳を閉じた。 そしてジェバンニは、そのニアの唇へ自分のそれを…… ガンッ!!! 「うわっっ!! たたた……い、い痛たたたっ!!!」 その音とジェバンニの悲鳴にも似た叫び声に、ニアは目を見開いた。 するとベッドの脇、ジェバンニが額に手を当てて床にうずくまっていた。 そのジェバンニの傍には、へこんだコーラの缶が転がっていた。 「おい、お前! どさくさに紛れてニアに何しようとしてるんだよ!」 「え!?」 「なっ!!」 その声に、ニアとジェバンニは同時に病室のドアの方を向く。 そこには何と、死んだと思われていたメロの姿があったのだ。 「メ……メロ……」 「あ……あわわわわわ……」 その余りにもの出来事にニアは呆然とし、ジェバンニは尻餅をついたかのような格好で言葉をうまく発することが出来ない。 まるで死神にでも出くわしたかのような有様である。 だが、事実死んだと思われていたメロが姿を現したのだから、ある意味死神に出くわすのと同じようなものではあったが。 「お前……ニアは俺のものだ……それをわかってて、手を出そうとしたのか……?」 SPKの捜査本部に乗り込んだ時の5倍はあろうかという迫力と凄みで、メロがジェバンニへと迫ってくる。 「ぼ……ぼくは……ニアのことが……」 「……俺のニアを抱き寄せたのは、この手か?」 グッ!! 「い、痛たたたたっ! や……やめてくれ!」 床に突いていたジェバンニの手を、メロが踏みつける。 皮でできた重そうなブーツの踵である、結構痛そうだ。 「おい……俺の目を見ろ!」 そしてメロはジェバンニの髪の毛を掴むと、そのまま上へ引っ張り上げ、目線を自分のそれと合わせた。。 「痛いっ……」 「いいか、良く聞け。次にニアにこんなふざけたことをしようとしたら……命は無いからな!」 「し、しかし僕は……」 「メロ! もう、止めてください!」 その二人の只ならぬ様子に、ニアが思わず口を挟む。 「ジェバンニは私のことを心配してくれただけです。なのでその辺で許してあげてください」 「心配だと?」 「はい、私がメロを失ったことで……絶望してしまうのではないかと……そう、心配して……」 「……そうか……」 ニアが自分を失ったことが、どれほどのショックであったか想像しきれていなかったメロは、そのニアの様子に少なからず心を痛めた。 掴んでいたジェバンニの髪から手を離し、踏みつけていた手を解放する。 ジェバンニは少し涙目になりながら踏まれていた手をさすった。 「だが、ニア……お前も、その、そいつ相手にまんざらでもない様子だったじゃないか……」 「いえ、あれはただの気の迷いです」 「……ニア……そんな……」 そうきっぱりと言い放つニアに、少なからず手応えを感じていたジェバンニはがっくりと肩を落とした。 その様子に少し気が済んだメロは、ジェバンニに言った。 「おい、ステファン=ラウド! 下でハルが待っている、早く行って来い!」 「!? リ、リドナーが?」 「いいから早く行け!」 「あ、ああ……」 ジェバンニはメロに追い立てられるように部屋から出て行き、メロはしっかりとドアの鍵を掛けた。 「リドナーも来てるのですか?」 「ん? いや、あれはあいつを追い出す為の嘘だ」 「ふふふ、そうでしたか」 メロは落ちていたコーラの缶を拾い、部屋の隅の椅子に腰を掛ける。 プシュッ! タブを開けると少し泡を吹いたが、気にせずにそれを口に付けた。 そしてコートのポケットからチョコレートを取り出し、ビリビリと乱暴にその包み紙を破り始めた。 「そんなことよりも、メロ……あなた、死なずに済んだのですね」 「ああ……」 「キラ、それとXキラの行動から、どう考えてもあなたは高田清美に殺されたと思われたのですが……それに高田の遺体とは別にもう一つ遺体が見付かったと……」 「もう一つの遺体は、俺が高田のノートの切れ端を利用して、近くにいるであろう犯罪者を誘導したものだ」 「そうですか……ですがそれだとあなたは本物のノートに名前を書かれたということになりますよね。あの高田が名前を書くのにミスを犯したとも思えないのですが」 「ふっ……それにはちょっとした『トリック』があってな……」 そのメロの言うトリックとは、ノートに関するあるルールを利用したものであった。 メロは気弱な死神『シドウ』から、ノートに関する全てのルールを聞き出していたのだ。 そこにはニアはもちろん、キラですら知らないであろうルールもたくさん含まれていた。 そしてメロが利用したルールとは、 『同一人物の顔を思い浮かべ、4度名前を書き間違えると、その人間に対してデスノートは効かなくなる』 というものであった。 ただこのルールに関しては別のルールが付随しており、もしノートに書き込む人物が『故意』に書き間違えた場合、4度書き間違えても前述のルールは適用されず、書き間違えた人物自体が死んでしまうのだ。 だが、若くして成り上がったメロのことを疎ましく思っていた者は、マフィアの中にも少なからずいた。 そこでメロはノートと死神の目の所有者である『ジャック=ネイロン』を利用し、その者をそそのかせた。 そしてその者がメロをノートで殺害しようとメロの名前を書き込むのだが、その時にジャックが、間違えた名前を4回その者に教えたのだ。 もちろん間違えた名前を書いた本人は本気でメロを殺そうと思っていたので、『故意』による書き間違えとはみなされず、結果、メロはノートに名前を書かれても死なないことになったのである。 それはメロの名前を4回書き間違えた者が、死ななかったことからも裏づけられた。 とはいえこれは、常に上を目指す為に邪魔な人間を消そうと考える、マフィアという特殊な環境があったからこそ出来た策ではあったのだが…… 「なるほど、そういうわけでしたか……」 「ああ、だが本当に死ななくなったのかどうかはさすがに試せなかったから、100%安心していたわけではなかったんだがな」 パキッ! そう言ってメロは手に持ったチョコを齧った。 「ただ、もうひとつ……高田がキラに殺される前提として、その前にキラ、もしくはXキラと連絡をとったという事実が必要になってくるのですが」 「……ああ」 「高田が誘拐された後、連絡を取れる状態となるには……メロ、やはりあなたの『死』が必要になってくるのですよね……」 「……そ、そうだな……」 そこでメロは少し焦りの色をみせた。 何故ならメロにとってニアにはあまり知られたくないある『屈辱的な事実』に、ニアが近付いているからであった。 それは…… 「ふふふ、ではあなた、さぞかし見事な『死んだふり』を演じてみせたのでしょうね」 「ぐっ……」 「用心深い高田が、死んだと認識するには……そうですね、こう、目をカッっと見開いて、それで口なんかはこう……」 「く、くそっ! その辺にしておけよ!!」 メロは恥ずかしさのあまり手に持ったチョコを放り出すと、ニアの方へと駆け寄り、両手でニアのシャツの胸元を掴み上げた。 「お、俺だってな! そ、その、仕方なく…………って、お、おい、お前!?」 そうメロが照れ隠しに捲くし立てようとした時であった。 ニアが、その大きな瞳からポロポロと涙を零していたのである。 「……め、メロ……よかった……本当に、生きていて……ううっ……」 「……ニア……」 ニアは溢れ出す感情を隠すことなく、肩を震わせ、頬を赤くし、止め処も無く涙を流している。 メロは胸元を掴んでいた手を離すと、力一杯ニアを抱きしめた。 「ニア……心配かけて、ゴメンな……」 「ううっ……メロ……メロ……」 そして二人は、ハウスを出て以来5年振りの口付けを交わした。 「お前、5年前と比べても、そんなに大きくなってないな……」 「……それは言わないでください。これでも結構気にしてるんです」 病室のベッドの上、メロはニアと並んで横になっていた。 「あなたこそ……こんなに酷い火傷を負ってしまって……」 ニアは手でメロの髪を梳きながら目を細める。 「……醜いか?」 「いえ、これもメロが生きていてくださる証です」 そう言ってニアは、傷のある側の左の頬に口付けをした。 「ふっ……」 メロは少し照れ笑いを浮かべると、ニアを抱き寄せ口付けを交わす。 そしてメロはニアのシャツの下から中へ手を入れ、ニアの胸の先端を弄る。 「んっ……あっ……」 「感じやすいのは相変わらずだな」 「ん……そ、そんなこと……ッあ……」 「ははは、身体は正直だな」 メロの人差し指で転がされているニアの蕾は、固く大きく膨らんでいく。 それとともにメロの腰の部分には、ニアの尖った下半身の先端が当たる。 「お前、具合が悪くて病院へ運ばれたくせに、ココは元気じゃないか」 メロはその尖り始めたニアの下半身に手を当てると、そこを摩りはじめた。 ニアの身体が小さくビクンッと震えた。 「メ、メロこそ……こんなところで、病人相手に……何をしようと……」 「ん? なんだ、やめて欲しいのか?」 「!? そ、そんな……こと……」 そのメロの言葉に、ニアは切なそうな表情を浮かべる。 何といっても大好きな相手との、5年ぶりの触れ合いなのである。 「ははは、心配するな……俺の方が、我慢できないよ!」 メロはニアのシャツを捲りあげると、膨らみを増した胸の先端に吸い付いた。 そしてニアのズボンをずり下ろし、露になったニア自身を握り、上下に擦り始めた。 「ああっ!! ん……んん……ッあ……!」 2箇所同時に与えられる激しい快感に、ニアは自分を抑えることも出来ずに乱れてしまう。 目を瞑り、顔を顰め、喘ぎ声を漏らし、身を捩じらせ、ベッドのシーツを握り締め、自身の先端から止め処もなく蜜を溢れさせてしまう。 メロも湧き起こる欲情に抗う事も出来ず、ただひたすらニアの身体へ没頭してしまう。 ニア自身の根元が、じんじんと疼き始めた。 「ニア……いくぞ」 「え!? っん……ああああっ!」 間もなく絶頂を迎えようとしていた自身が解放され、ニアは一瞬戸惑ったが、新たに与えられた別の場所への刺激に、再び思考能力が薄らいでいく。 メロも我慢しきれなくなった自身をニアの後ろへ突き込むと、激しく腰を前後させ、それを出し入れする。 「あんッ……ん、んんっ……ッあ……」 病室に、メロが腰を打ちつける音と、ニアとメロの蜜が交わる水音と、ニアの喘ぎ声の三重奏が響き渡る。 一旦解放されたニアの下半身は、前屈みに腰を打ちつけてくるメロの腹部で先端が擦れ、再び熱を持ち始めた。 「ニ……ニアの中……きもちいいよ……」 「メロ……わ、わたしも……もう……あっ……」 メロが腰の動きをより早める。 付け根から突き上げてくる快感の証が、一気に先端へと弾けた。 ニアもメロの腹部で擦れた先端の痺れが根元まで達し、ビクンと大きく自身を震わせた。 ドクッ! ドクンッ!! ビュッ! ビュル!! 「うっ……!!」 「あ……うあっ……」 メロはニアの中へ、ニアはメロの腹部へ目がけ、その熱を吐き出していった。 まるで二人ともが病人であるかのように、白い病室のベッドに並んで横たわっていた。 メロが来た時には真上にあった太陽も、窓から夕日が差し込む程に傾いていた。 メロとニアのふたりは時が経つのも忘れ、何度も何度も愛し合ったのだ。 「なあ、ニア……」 「……はい?」 「お前こそ、生きていてくれて……その、ありがとな……」 「……ふふふ、それこそメロのおかげですよ。メロが高田を誘拐してくれたからこそ、キラが……」 「もう、キラの話は止そうぜ」 「そうですね」 二人は仰向けで横に並びながら、お互いの手を握り合った。 「5年振りだったからか、何だか初めての時を思い出したよ」 「ええ、私もです……」 「そっか……」 そう、初めて二人がハウスで結ばれたときも、こうして夕日の差し込むベッドの中、二人並んで手を握っていたのであった。 「あのときは……」 「え?」 「あのとき私は……初めて、『生まれてきてよかった』と思ったのですが……」 「……」 「今、私は、『生きててよかった』……そう思っています」 「俺もだよ、ニア……」 窓から差し込むオレンジの光がより一層輝きを増し、並んだ金と銀の髪を、同じ色に染め上げていった…… |