「喪失する名前・消失する記憶・錯綜する因果とその結末」

前編




「なんか普通すぎて拍子ぬけだなー」
今日から自分の寝床になるベッドに身体を投げ出し、転がりシーツの匂いを嗅いだ。
ありがたいことに新品だ。

窓の外からは子供たちが球技に打ち興じている歓声が聞こえる…のどかな午後。

俺は仰向けに寝転びながら足を上げ安全靴の紐をほどき床に転がした。
ブーツの重さから開放されるとさらに緊張が解ける…、今後の暮らしもこんな風に気楽に軽や
かに過ごせるような気がして心地良いため息をつく。

そしてジーンズのポケットから手紙をとりだした。

『ワイミーズハウスへようこそマット。あなたはここで最高の英知を学ぶ環境・卓抜した才人と
の人脈等、多くの物を得るでしょう、そして大切な物を失うでしょう。
喪失を怖れなければ扉を開きなさい』

「この芝居がかった招待状のおかげで、ちょっとビビってたんだよねー。誰がこれを書いたんだろう?大人なのに子供じみたアジテーションだな」

むろんただの悪ふざけや悪趣味だけではない、マットと記された名前は俺のものではなかった。ワイミーズハウスに入る以上本名を捨て、与えられた名を名乗れという強制力を振るってい
る書面だ。過去を捨てる事に躊躇はなく、むしろ望んでいたので構わなかった。
文面の傲慢さも「世界の名探偵L」を生み出す特殊施設と思えば魅力的にも感じたが、早くその秘密の世界を覗きたい気持ちと奇妙なモノに対する原初的な畏怖が綯い交ぜになり、このウインチェスターの地に降り立った時は軽く武者震いをしたものだ。

いつしかワイミーズハウスは俺の中で幽玄の森に潜む魔法学校のようなイメージに育っていたのだ。
しかし、現実のハウスは駅から程近い場所にあり。敷地は広いようだが塀は低く正関の門は作りこそ重厚だったが半開きのオープンさだ。

肩掛けリュックの柄を握り、門に身体をねじ込ませ敷地に入る、庭では子供たちがはしゃいでいる。奥の建物は古めかしい石造りで薄闇色。
そこだけがかろうじて魔法学校の不気味さを醸し出している、もっとも俺は色付レンズのゴーグルをしているので風景全体がくすんでいるのだが…。

中庭に向かって歩きだすと、転がったボールを追って女の子がこっちに向かってきた。俺とその背の荷物に気がつくと。
「あら、あなたが今日来るって聞いた新入生?ようこそワイミーズハウスへ!」
ツーテールの同い年位の女の子だ、美少女ってほどではないが元気で可愛らしい。
「ああ、よろしく俺、マイ…いや、マットだ」
「こちらこそよろしく、あたしはリンダ」

リンダは親切に院長室まで案内してくれた、道すがら『13歳を過ぎて転入してくる子はめずらしい、マットは優秀なのね。やっぱり探偵志望なの?あたしは美術を専攻しているのよ、ここでは色んな好きな事ができるの楽しいわよ。』などと他愛のないおしゃべりを続ける。
それに応じて『こうみえてもソコソコ優秀なんだ、もちろん外での話。ここでも通用するといいけど。へー、色んな講義があるんだね、じゃあ俺はゲーム専攻にしようかな、やる専門の。プログラミング?しないよ、自分がどんなゲームしたいとかわかんないし。』
などと軽い会話をしているとすぐ目的地についた。

院長のロジャーはどこにでもいるような気難しいそうな老人だったが、俺の入所にあたって行われた試験 の成績表には満足そうな表情を浮かべた。
「では、寮の部屋を案内してもらいなさいマット」
「はーい」

新しい名前に自然に反応した俺は順応性が高いなあと自分でも関心する。

寮母さんは普通のおばさんだった、ハウス内にはメガネの若い保母さんもいたので、あっちのほうが良かったなーと思ったが、しかたない、年頃の男子の暮らす寮には性の香りは不適切なのだろう。

俺にあてがわれた部屋は細長い二人部屋で入ってすぐの左手にトイレ・洗面のドアがある、ありがたい事にシャワー付きだ。集団生活の寮では、なんでもかでも共同だろうと思っていたので意外だった。
創始者のワイミー氏が資産家なだけある。
部屋の中央左右にベッドがおかれ、その先は低い本棚で仕切られ勉強机が壁に向かい二つ。奥は天井までのびるクラシカルな木枠の窓だ。窓は軽く開いており白いカーテンが微かに揺れる…。

寮母さんは簡単な説明をすませ退出した、そして今、こうして一息つきながら寝転がってベッドの天蓋をみつめているわけだ。
天蓋つきベッドといってもたいしたものではない、二段ベッド上の部分がロフトになっており荷物置場に使用できる、ベッドの周りは保健室のようなカーテンが張り巡らされていた、プライバシー保護のためかね?見ず知らずの人間と同室だからこれもありがたい配慮だ。

そうだ、この部屋の相棒はどんな人物なのだろう?

俺がなんとはなしに思いめぐらした時。
まるでそれに感応したかのように扉が開いた。

廊下から白い物体が部屋の中にゆっくりと入ってきた、白いシャツに白いズボンの子供だ髪の色まで白に近いプラチナの色をしている…

その少年は最初、俺の存在をいぶかしく思ったようで肩が軽く痙攣したように見えたが
すぐに同居人の入寮を思い出したのだろう。

「はじめまして、私はニアです」
と行儀よいが小声で挨拶してきた。
「よろしく、今日から同居人になるマットだよ」

ニアは小柄で俺よりずいぶん年下に見えたので形式ばった口調ではなく、くだけた口調で話しかけた。年齢が違うほうが干渉や喧嘩もないだろうし、ニアのような大人しいタイプは生活に支障はないだろう、俺は都合の良い同居人に当たった嬉しさを包み隠さず、ニアに好意のほほえみを投げかけた。

「こちらこそよろしくお願いします」

ニアの返答に俺は違和感を感じた、言葉は丁寧だが俺の顔を見ていない、身体すらこちらに向けていない事に気がついたからだ、マナーにかなっているとは言えない…。

『まあ、こっちもゴーグルつけたままだから礼儀をいえた義理じゃないか…』

しかし改めてニアを見ると一見優等生ではあるが衣服や靴下はずいぶんルーズだし靴も履いていない、シャツとズボンではなくパジャマだという事もベッドに近づいてきたらわかった。

ニアは自分のベッドスペースに来るとカーテンを引く、中には子供の玩具とノートパソコンが見えた、ベッドのシーツに転がるように滑りこむとすげなくカーテンを閉めた。
真向かいに腰掛けてる俺の存在など切り捨てるようにカーテンは小気味良い音をたて俺とニアの世界を遮断したのだった。

少々面食らったが、最初は奇人変人の集まる異界の学校のように思っていたのだし、たいした事はないか…と思い直す。

そして俺もカーテンをしめて夕食まで携帯ゲームで時間を潰そうと電源を入れた。
カーテンに包まれてゲームの無機的な響きを聞いていると、まるで母親の胎内にいるような錯覚を覚える…。
それはこれから起こる事へのメタファーであったのかも知れない。

俺は確かにその日を境に新しい人間となり、思いがけない人生を歩む事になったのだから……


いつしか眠りにおちていたらしく、目が覚めた時は、すでに夜半をすぎていた。思った以上に旅の疲れがあったようだ。空腹を感じたが食事の時間はとうに過ぎている。リュックにランチBOXの残りがあったのを思い出しペットボトルのミネラルウォーターで流しこんだ。
そして寝苦しいジーンズを脱ぎ捨て下着のまま、またシーツに潜り込む。
初めての場所で迎える夜、この世界にはまるでふくろうの声しか存在しないかのように深閑とした闇の中、隣から微かな寝息が聞こえた。

俺は妙に安心し、また、眠りの国に旅立つのだった。



次に目覚めた時はもう朝の8時を回っていた。

朝食は食いっぱぐれてなるものか!

ベッドから外に出て身支度をする、気配でニアはまだ眠っているのがわかる…起そうかとベッドのカーテンに近づいたが、昨日、昼間からパジャマを着ていた事を思い出し『ニアは病気なのかもしれないな?』と考えた。ならば、寝かしておいたほうがいいかもしれない…と、ひとり食堂に向かう事にした。


ハウスの食堂はカフェといってもいいくらい小奇麗で洒落た場所だった。ガラス張りのドーム仕様で明るい陽光を受けながら円卓を子供たちが囲んでいる。

「おはよう!マット、夕食はいつとったの?会えなかったわね」
昨日の少女・リンダが気さくに肩を叩いて呼びかけてくれた。そのままリンダと同行しトレーを持ち、厨房前のカウンターから自分の好きな料理を選び好きな席に座る。
スクランブルエッグとカリカリのベーコンにスープと温野菜のサラダも添え、デザートのヨーグルトも頂戴した。

「旨い!」

素材も味も上等だ。昨日からの空腹に染み渡った。
「俺、ちょっと不安だったんだよ、イギリスの寮なんてさー、長テーブルに薄暗いうちから並んで座らされて冷えたオートミール食わされるのかと思ってた」
「わかるわかる!映画とかで見たわ、食事の前に学長のながーい挨拶やおいのりがあって面倒そうなの!パーティのご馳走もゆでたジャガイモやとうもろこしが大皿にでーんと置いてるだけで、いかにも食に興味がなさそーって感じだったり」

歓談しつつ朝食は進んだ。

「ここは、すごく自由度が高いわよ、カフェは8時から夜の10時まで開いてるし、メニューも好きに選べるし、いつ何度、食事をとるのも自由なの」
「自己管理は各自にまかせ自主性を育むってわけか」
「まあ、実情はここに入るような子は規律なんて守らないから院長のロジャーが匙を投げたってわけ」
一段と笑い声があがった。

「ところで、リンダ、ここのボスって誰?」
「ん……っと、」いぶかしそうな顔をしつつも首を後ろに回し窓際の人物を顎でしめす。

「あの金髪で黒い服の子よ、名前はメロ」

俺の想像とは違って細身で中背のまだ少年だった。
丸みを帯びた首の中程にとどくボブカットはボスというイメージからは遠く、昔の貴族の子弟や女の子ように見えた。
「ここでは、腕っぷしよりやっぱり、頭のいい奴がのしあがるみたいだね。ちょっと挨拶してくるか」
「喧嘩はダメよ!」
「なに言ってんの?ただの挨拶さ」

朝の日差しをあびてきらめく金髪を目指して窓際の席に歩を進める。

「はじめましてメロ、俺、マットっていいます」
背中越しの俺の声にメロはゆっくりと顔をあげた、端正な顔ではあるが、白目をむき出した冷たい瞳を向けた。新参者に対する威嚇だろうか。
「新入り?そういえばそんな話を聞いたな、人に挨拶する時はゴーグルは外せよ、僕は礼儀にはうるさいんだ」
そういう彼はチョコレートを齧りつつ、マグカップを握っている、どうやらその中身もチョコレートらしい。
「スイマセンー」
あっさりと命令に従った俺の態度は合格だったようだ、彼の黒目は大きさを増した、好感の現れだ。

ゴーグルを外して見たメロの髪は思っていたより軽い蜂蜜色だった。

「まあ、しっかりやるんだな、寮はどこ?誰と同室?」
俺にたいした興味はなさそうだが、とりあえず社交辞令はふってくれた。
「緑の屋根の3階だよ、ニアって下級生と一緒」
「ニア?」
メロの額がピクリと動いた、眉があればひそめていたのだろう。
「…ニア…かよ」
「うん、そういえばまだカフェにも来てないね、昨日の昼からパジャマだったし具合でも悪いのかな?何か持っていったほうがいいのかな?」
「アイツはいつもそうなんだよ!」
メロは忌々しそうに板チョコを齧る。
「腹がすいたらここからデリバリーさせてるから放っておけよ」
「え、ワイミーズハウスってそこまで至れり尽くせりなの?スゲー」
「特権行為だよ一番のやつは勝手が許される不文律があるのさ、Lが作った習慣らしいぜ」
メロの黒目がまた縮小した、俺の目も点になった。あの小さい子供がここの一番だって!?
「信じられない、俺らよりずっと年下だろー!」
『俺ら』と一緒くたにしたのが不味かったらしい。

「二歳しか違わねーよ!」
メロは吐くように言い捨てると、俺に背をむけた。さっさと失せろと身体で言っている、メロはニアを激しくライバル視してるのだと瞬時に判断し、お茶を濁すような挨拶をし彼の元を離れるしかなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


その日の午前から俺は適性検査とやらで一人、教官たちに囲まれモニター室やら個室やらで色々な試験をやらされた。学科だけではなく運動能力や文化方面の才覚もチェックされて、果ては半裸にされ身体のあちこちに管を巻かれ脳波やらなにやらの検査も受けさせられた。部屋に戻るのは眠りに帰る位だったのでニアとはすれ違う程度だった。
相変わらず内気で風変わりだったが、ハウスで最高の知能の持ち主となると天才少年ゆえの特性で格好良くカリスマティックにも思えた。
ニアは孤独癖があるようなので俺も干渉しない事にした、気を使わないですむのもいいものだ。


ワイミーズハウス滞在4日目に検査の結果が出揃った。ありがたい事に俺はここでもなかなか優秀なようでロジャーの目も幾分ほころんでいる。
専攻は自分で選択できたので「L」を継ぐものとしての講座を受ける事にした。
理由は特にない、ハウスのエリートが集まる花形クラスらしいので女の子にモテるだろうとかそんなものだ。
明日から皆と授業に参加するようにロジャーに命じられカリキュラム表を片手に院長室を出ると、陽は中空を回っていた。
「半日は自由時間だなー」

多忙と緊張が身体から抜けると、俺は猛烈に煙草が吸いたくなった。
フリーダムなこの施設でもさすがに未成年の喫煙はお咎めをくうだろうと着いてからはリュックの底に忍ばせたままだ、授業時間でニアもいないだろう、ゆっくりと嗜好品をたしなむご褒美を自分に与えるとしよう。
軽やかな気分で寮の階段をあがり、部屋のドアノブを回した。

一歩足を踏み入れた所でなぜか身体が固まる…。
奇妙な違和感がここに充満し俺の介入を阻んでいるのだ。
奥のカーテンが閉められ昼間なのに薄暗い、が、違和感はそれだけではなかった…
この部屋からは子供たちの寮にあってはならない匂いするのだ…それは…

「性の匂い」    だった。

カーテンに閉ざされたニアのベッドが軋み、荒い息遣いまで聞こえる。
俺は反射的に後退りドアを閉め廊下を隔てた壁にもたれかかった。
驚きでいつの間にか俺の息もあがっている。
「ニア…あのニアが女の子連れ込んでる!!!」

思っても見ない衝撃だった。俺の二つ年下ならばもう精通は迎えている年ではあるが、容貌は10歳未満の子供に見えるし、浮世離れした雰囲気は生々しいセックスとはむしろ対極の存在だった。
そのニアが…白昼堂々こんな大胆な事をするなんて…

俺が混乱を覚えてその場にただずんでいると、ふいに部屋のドアが動いた。
しまった、さっさと退散すれば良かった!うわー、どうしよ、知らぬ存ぜぬのフリをするか?それとも『ニア、仲々やるなあー兄貴と呼せて呉れ給え』とかおちゃらけるか?1秒をフル活用で思案していると…


ゆうらりと出てきたのはこの部屋の白い住人ではなく、金色の髪に鋭い目…黒をまとった少年

メロだった。

彼は目付きは鋭かったものの頬は上気して口の端に板チョコの欠片をくわえている、一瞬、俺に威嚇の視線を投げかけたが、すぐ身体を横に向け廊下の奥へと去っていく、通りすぎる刹那、彼の口角があがり微笑んでいるようにも見えた…。

メロの姿が小さくなり、そして視界から消える頃、俺は気をとり直して部屋に入る事にした。まだ頭は混乱中、なぜこの部屋にメロが?アイツ、人の部屋を逢引用に使っている?
いや、先程の光景が俺の気のせいなのかもしれない…。

みだらに揺れるベッド。
それ自体が幻影なのかもしれない…そう思うと、なんだかそんな気もしてきた。
煙草を取って一服し気を落ち着けよう…
自分のベッドスペースに近づく、片側のニアのベッドは今は静かだ、そう何事もなかったように見え…。
「……!」
俺は黒い闇に吸い込まれた。

カーテンがわずかに開いていた、その隙間から汗まみれで横たわるニアに裸体と額にへばりついた前髪からのぞく瞳と目があった。
俺が取り込まれたのはニアの瞳だったのだ。

4日目にして初めて見るニアの目は虚ろな洞窟のような黒だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


次の日、朝から名探偵になるための講義を受けている、犯罪心理学とか司法書とかそんなヤツだ。思った以上に濃密なカリキュラムに半日で体重が減った気がする…。
夕方、やっと終わりかと思ったら、いきなり指名され講義一日分の概要を述べさせられた。
他の生徒も興味深々に見つめている、新入りの品定めといった所だろうか?

「まとまっていていいだろう」取り敢えず教官の合格点を取れたようで安堵した。

俺の口上が終わると授業も終了したが、集中のしすぎで身体に力が入らず、しばらく椅子にボサーと座っていた。だがここの生徒には普通の分量の講義らしく皆、談笑しながらカフェや校庭に散っていく。

ゴーグルの端を黒い服が覆った。見上げるとメロが不敵な顔で笑っている…

「まあまあのりポートだったな、ただ、何度かノートをみただろ?授業の分くらい暗記できるようにならないとな」
「そんなー俺には無理だよ〜」

「思ったよりお前は使えそうだなマット」

メロはハッキリと口角をあげて意味深に笑うと出口に踵を返した。名前を呼ばれたのは存在を認められたという事だろうか?あの笑みは…?



昨日、あれから俺はニアのいる部屋を出て寮の屋根裏で紫煙をくゆらしニアとメロの事を考え、そして忘れる事にした。
同性愛なんて世間にはめずらしくもない、ただ歳が若いから驚いただけだ、俺には関係ない事なので好きにればいい…そう決めて夕飯のあとには部屋に戻り何事もなかったように朝を迎えたのだった。

思えばメロは部屋の前で俺に遭遇した時、ポーカーフェイスを決め込んでいたが、本当は二人の関係が流布する事を恐れたのではないだろうか?だが放課後になっても俺が噂を流した気配が無いので安心し、同時に俺はメロの信頼を得たという事…?なんじゃないかな!
そんな風に早速探偵風に推理してみた。その結論は高確率で当たっているように思われ、俺は満足し軽やかな足取りでカフェに向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



俺はとんだ頓馬だ、とても名探偵・Lになれそうもない…!!。

メロは俺の口が固い事を感謝し信頼した訳ではなかった。俺は遠慮は無用な存在と判断されたのだ!

今は夜半…隣のベッドは盛大に揺れている、隣人の存在など無視して二人はセックスに打ち興じている!

「あ、あ、はあ……ん、ああ…」
みだらこの上ない喘ぎだが間違いなくニアのものだった。
「もう…もう、疲れました、許して…」

そりゃあ、3回もやれば疲れるだろうさ!

「いいから、ほら、腰あげろって、もっと突き出せよ!」
「ん…ん…あーーーーん…」

また体位を変えて一戦か…二人共欠食児童のような細身なのにどこからそんなパワーが出てくるんだが…。

あまりにうるさくて眠れないので反対側の壁を殴ったが、気にする様子もない。知らぬ存ぜぬ、無関係でいようと思ったのに、そんな権利は認めてもらえないようだ。

なにより参ったのは、気持ちは真剣に苛立っているのに、年頃の俺の身体がみだらな息遣い
や卑猥な液体がぶつかる音に反応している事だ…!

自分で処理をしようかと何度も考えたがホモの乱痴気カップルに欲情して一人マスターベーションをする構図はあまりにも情けないやら悔しいやらで自分が許せなかった。なんとかベッドを出てシャワーで冷水を赤らんだ部分にぶっかける!
どうにか火照りを抑えこみ、寝床に戻り転がった。

おとなりさんはタフな事にまだヤってる…あきれ返ってベッドでは外していたゴーグルを装着しイヤホンで耳を塞ぎ外界と隔絶!意地になってようやく眠る事が出来た。



その日から、定期的メロは夜這いに来てニアとよろしくやっている。しかし、俺もしばらくすると慣れて身体も反応しなくなり、ニアのよがり声をBGMにゲーム機を操る余裕が出来るようになった。
そしてメロの訪れる日にちのパターンが読めた。ワイミーズハウスでは週1度年齢不問で知的レベルに応じて試験が行われる、それが金曜日、結果発表は月曜日。
メロは水曜木曜と月曜は夜這いに現れない。試験前の夜2晩は勉強をし結果の出る日はふてくされているのだろう……少しの差だと彼は言っていたが、いつも面白い位にメロは2番だったのだ。


今日は月曜日。
精鋭の集まった教室で「今度こそ、間違いなく1番だ。自己採点で満点だからな」と窓際の席でメロはお取り巻きに吹聴している。
その中にニアはいない、ニアはメロとは別の廊下側の席にポツンと座っていた。なにも今日に限った事ではなく、メロはベッドでの密着ぶりが信じられない位、外ではニアに冷たかった。

攻撃的とも言っていい。

俺は教官がくるまで手持ち無沙汰だったので、二人のこの態度に対してまた推理を試みた。

1・二人の関係を悟られないように冷戦状態を装っている。
2・メロは照れ屋で他人のいる前では素直になれない。
3・メロは態度通りニアが嫌い。

そこへ教官が入ってきたので皆、わらわらと席についた。事務的に生徒名を呼び上げ答案を返す。ニアの名前が呼ばれた、ニアは面倒くさいのか返事はしたものの椅子から離れない、教官は仕方ないなと笑いながらニアの机まで歩み寄り答案を渡す、この特別扱いぶりは……。

「一番はニアだ」
生徒全員にアピールするかのような彼の声が教室にこだました。

俺は思わず廊下側後ろのニアの席に視線を送った、同時に反対側の窓際で机を叩く音が響く!
「そんな馬鹿な!……僕…僕も一番のはずだ!」

「メロは惜しかったな、だが君は綴りを間違えていたので減点だ」
彼は教卓からメロの答案をひらひらと宙に上げた、メロの元に届けはしない。

メロが2番だからだろう。

答案を返し終えると、また講義に入り集中を促されたが横目でメロを見ると気持ちを切り替えられず憤懣やるかたない気配をまき散らしている…。授業が終わると先程メロを取り巻いていた連中がニアの元に集まり、満点の答案をのぞきこみ賛辞を送っている…。
ニアにとってはいつもの事なのだろう、無表情で答案を持ち見つめているだけだ、そこへ…

「いい気になるなよ」

メロが輪の中に斬り込んで行った。
「いつまでもお前が一番な訳じゃないからな、今回だってもう少しだったんだ!こんどこそお前を抜いてやるからな!」
メロの表情は遠目でもわかるほど眉間にも口元にも冷たい怒りが刻まれていた。
毎晩のようにニアと夜伽をくりかえす人間の表情とは思えない、演技なら俳優コースに転向したら大成するだろう、空気を切り裂くほどの真剣さがそこにはあった。
そんなメロに対してニアは無表情さをくずさず………

「メロ、あなたはに冷静さがあればケアレスミスなど起きないのです、普段から些細な事で感情的になる癖を直さないと私は抜けませんよ」
淡々とニアがつぶやくのが終わる前に白いナイフが宙を舞った。

正確にはメロが手にしていた答案をやつあたりに振りかざしたのだが、言い方は悪いが絶妙の角度で鋭利なエッジに変化したのだった。

それはニアのたぶついたパジャマからのぞく手の甲をかすめ、血の曲線を描いた。女子達の悲鳴があがる!
メロは驚いたように目を丸くし、ニアは顔をしかめ痛そうにパジャマの裾で傷を隠した。布の表ににじむほど出血しているようだ。

「だめよー、清潔に消毒して手当しないと化膿するじゃない!」
開いていたドアから騒ぎを聞きつけ、リンダが輪に押し入ってきた。
リンダは誰彼かまわぬ世話女房らしい、ニアをひっぱって保健室に連れて行こうと戸口に引っ張っていく、メロは憮然とした表情をしていたが何の謝罪も口にはしない、俺は生徒たちから少し離れた場所でそれを見ていた……。
「マットなにしてんの、あなたも来るのよ」
「え、なんで?」
「だってニアと同室じゃない」

女子の理屈はわからないが微妙な空気のこの場所から退散するには丁度良いので俺は安全靴を鳴らして廊下を歩くリンダたちを追った。

ニアの傷は出血の割には深く無かった。保険医が留守だったがリンダは器用に処置を済ませる、ニアは言いなりのお人形のように彼女に従った。
黙って座っているニアを見下げるとさらに小さく、本物の人形のように思えた、人間である事を証明し得るのは甲の血だけのようにさえ感じられる…。

「服は汚れちゃったわね、着替えたほうがいいわ。あなた部屋に連れて行ってあげてよ」
「俺が?足の怪我じゃないし、一人で帰れるよなあ、ニア」
ニアはそのまま黙っている。
「着替え手伝ってあげなさいよ、包帯してるから着替にくいでしょ」
リンダに逆らうのも面倒なので俺とニアは寮に向かった、渡り廊下を通り過ぎる時、校庭でサッカーをしていたメロが眼差しを投げつけているのが遠目にもわかる…。
視線にニアは呼応せず、そのまま寮に戻りベッドに腰掛けパジャマのボタンをはずしだした…考えて見れば傷は手の甲なのだから着替えは一人で充分だ。
しかし、せっかく部屋までついて来たわけだから、ベッドのロフトの階段をあがり衣装ケースから替えのパジャマを取り出しやる、ケースの中は1.2着の外出着を除いてほとんど白いパジャマだ。
「ニアは白パジャマが好きなんだなー」
「青いのもありますよ、どこかに」
パイプの階段を降りるとニアが上半身は裸のままで俺に手をさしのべている…
正しくは俺の持ってるパジャマの替えを受け取ろうとしているのだが、裸で部屋にいるニアを目の当たりにすると夜の生々しい声がリアルに思い返され、心臓が波打った。
ニアの素肌は透けるように白かったが人形のそれではなく、確かに肉であり色や温度を放っている…。

俺は動揺を隠したくてパジャマを放り投げて渡し、自分のベッドにもぐりこんだ、『今日のカフェのデザートはなにかなー?ここの旨いよな、なんでもあのLがすごい甘党だったからだってー』ひとりごとのようにつぶやき、ゲームを枕元からとりだすためニアに背を向ける。

「ありがとうございます、あの…マ…」
ニアが礼を言った!
振り向くと、すでに肌はパジャマで覆われ、うつむきながらも身体は俺のほうに向けている。
「マット!だよマット!忘れたの?ダメでしょー、ワイミーズハウスの神童ともあろう人が!」
「すいません、必要な事柄は覚えているのですが…」
「ちょっとーそれヒドくないですかー」
俺がおどけながら笑うと、ニアも人差し指で巻き毛をいじりながら口の端を上げて微笑んだ。大きな目は細めても黒曜石のように俺を映している。

え…な、なんなの…、    か、可愛い…こいつ…!。

「ありがとうございます、マット」
薄桃色の唇から俺の名前がこぼれた、ただの偽名のはずのその名が福音のように胸に響く。


思わずゴーグルを取ってみる、窓からの陽光が部屋とニアを祝福をしているかのように輝かせている。俺は知らなかった、初めて知った。

世界がこんなにも眩しい事を。






 ・  ・ 





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マット視点のメロニアですが、思いのほかマトニアっぽく
なってきました…。どうなる?(苦笑)。

マット視点だったり、見えない性描写だったりなにかと
イレギュラーな作品になってますが、描いてる当人は
仲々新鮮で楽しいです。同じワイミーズハウスを種々な
設定で描けるのが二次創作の醍醐味ですよね。


続きは後編一本の予定です、よろしくお願いします。


2010・8。24



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