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キラの裁きは止まらず、世界にはキラを崇拝し救世主扱いするムーブメントが巻き起こり、止まらない。
自分の身に危害がおよぶ事を恐れ権力者たちもキラ容認の動きを見せ始めLの旗色は悪いようだ。
Lは日本に向かいあちらの警察と組んでいるらしいが、警察のキラ担当班自体が縮小されているようで芳しい成果はなかなか聞こえてこない。
しかし、やきもきはしても遠い日本での出来事なので、ワイミーズハウスのこどもたちはいつものようにパワフルなカリキュラムをこなしつつ、平和な毎日を過ごしてはいた。一部を除いて…。
変わったのはメロだった、夜ごとの訪問が途絶えたのだ。
最初はまた喧嘩をしたのだろう、どうせまたすぐ連夜のくんずほづれつが再開してイヤホンのお世話になるんだろう、心配したら負けだよと無関心を決め込んでいたが、ひと月もふた月も来訪がない。そしてニアは日に日に落ち込んでいるのがわかった…傍目にはいつものようにうつむいて、うずくまっているだけなので変わりなく見えるだろうが、見とれる程輝いていたニアを知っている身としては輝きが失せ、いっそう小さくなったように感じた。
今朝は朝食の席でリンダに目の下の紫色の隈を指摘され心配されている。
メロがニアを振った?二人は別れた?俺の頭で余計なお世話がグルグルめぐる…
どうやら最近のメロは夜中まで一人勉強にいそしんでいるようで、試験やリポートのクオリティは以前よりさらに上がっているようだ。あんなにニアに執着していたメロだがキラ事件に触発されたのだろうか。
覚えたてのセックスに溺れていた若者が学生の本分に立ち返ったのは喜ぶべき事なのだろう…置いておきぼりにされた人間以外には。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜は風が強く嵐に近かった…窓をたたく風の音で目を覚ますと…。カーテンの向こうのベッドではニアもまだ起きている、手なぐさみにルービックキューブをやっている音がする。
いつも俺が眠った後も来ないメロを待っているのだろうか。隈が濃くなるはずだ。
ニアが不憫に思え、好き勝手して去っていたメロに腹だたしさを感じ、またぞろ他人の状況や感情に巻き込まれつつある自分を落ち着かせるため、ベッドで寝煙草をくゆらす。しかし、煙草の匂いでニアに俺が起きている事を悟られてしまい、ますますいたたまれなくなり、ついに聞いてしまった。
「ニア……メロと喧嘩したの?」
「…………」
「…言いたくないなら…いいよ」
「喧嘩はしていません…ただ、メロはもう来ないかもしれません…」
「そ、そうなの…?そう言われたの?」
「いえ…ただ…Lが日本に行った後位に…ロジャーに呼び出されました、メロと二人で。…そこでLの後を継ぐ者があれば、それは私かメロだろうとLから連絡を受けたと聞きました。」
「ええーすごい、さすがだね、当然か二人が1番と2番だもんなー」
「……Lは成績などの予備知識はなかったそうですよ、でも、先日のLとの通信会で私とメロが目に止まったようです」
「すげー、Lって千里眼なのかなー?メロもニアも会話してなかったよね!見ただけで能力が判別できるとか、スカウターついてるよL?俺も一生懸命アピールしたり質問したのにな、もしかしてそれがヤバかったのかなー?『名探偵Lに聞きます、俺のモテ期っていつでしょうか』って質問だったし…そしたらズルイんだよ、生年月日と氏名を言えって…ここでは言えないのわかってて…」
隣から小さくだが、吹き出す音がした。ニアが笑ってくれた…良かった…。
すると予期せぬ事が起こった…音もなく…俺のベッドに張り巡らしたカーテンがあいたのだ!
ベッドライトの薄明かりを背にニアが立って。夜はいつも遮断されていた、俺とニアの世界が初めて融合した…。俺をみつめるニアのパジャマのボタンが3つ目まではずれていて、白い胸元がちらついている…。
「ここいいですか?」返事も待たずにニアは俺のベッドに腰掛けた。
「マットといると…やっぱりホッとします…」
ニア………
「あのさ…落ち込むことないよ…メロは…きっと今…ライバル意識で頭がいっぱいになって、それでニアと距離をおいているんだと思うけど…そのうち、またきっと…戻ってくるよ…だって…」
「だって…?」
「だって…あんなに仲良くて… 好き…あってたじゃん」
「ク…」
またニアが笑った…しかし、それは虚無的な笑いだった。
「それは違いますよ…メロは…私を好きだなんて…一度も言っていません」
「え…うそ…だって…」
言われて思い返してみれば、「僕を好きか?」「可愛い」等、愛の言葉をささやいていたが確かに「好き」とは言っていない……ニアのほうは何度も何度も好きだと繰り返していたのに…。
意地なのか、わざとなのか…あんなに蜜月に浸りながらもニアはメロの冷酷さに常に傷ついていたのか…。夜半の寒さでニアの体が軽く震える…。
抱きしめたい…!
抱きしめて温めて慰めてやりたい…。ニアとならそうなってもいい…いや、俺はずっとそう考えていたのではないのか?むしろこの日、この時を待っていたのではないのか…。
寝床でもはめていたゴーグル、手袋をはずした…そして素手をニアの銀色の髪に伸ばす…
「ニア…あんな…あんな奴やめろよ…俺……俺が…」
告白は空を切るドアの音と突き刺さるような怒りの思念でかき消される!
「……ニア……おまえ…!」
「メロ!」
な、なんだって、メロが…ずっと寄り付かなかったのに、なぜ、今日、このタイミングでやってくるんだよ!
俺のベッドに二人でいるのを目を見開いて凝視している、目の奥に焼き付けんとせんばかりだ。
時が止まったように思えた…が次の瞬間には凍った空間を割り破り、するどい破片をまき散らしながら大股で近づき、メロはベッドからニアを床に叩きつける!
「ふざけるな!なんなんだ、あのメールは!僕を馬鹿にしやがって」
床に転がるニアを踏みつけた、直情的で傲慢なメロだがこんなに暴力を露わにした姿は初めてで驚き、俺もベッドから飛び出る。
「や、やめろよ!乱暴は!」
「酷いじゃないか!ずっと来なかったくせに、いきなり言いがかりをつけて暴力かよ、お前は何様だよメロ!」
背中の裏側から異様なほど熱い熱が噴射する、アドレナリンが体中を駆け巡り高揚する、義憤の雄たけびが血液が沸かす、気持ちいい…身体の核から力が漲ってくる、今の俺は、誰にも負けない!メロにだって勝てる!
「ニアを振り回すのもいいかげんにしろ、こいつはお前の所有物でもペットでもないんだ!お前にニアを踏みにじる権利はない!」
メロが目を丸くした、俺の威勢に驚いたのだと思ったが、その後、嘲るような笑いを放つ…。
「ハハハ…ッツ!呆れてものが言えないぜ、マットお前、ニアをかばっているんだ?」
「可哀そうな、か弱き姫を蹂躙するモンスターから救い出すナイトきどり、滑稽だな」
「な、なんだと!」
「滑稽だよ、どこまでおめでたいんだよ」
メロは中腰になり突っ伏したニアを引きずりあげ、見せつけるように俺に顔と体を向けた、叩きつけられた拍子にニアの額は傷つき眉間から血が流れ頬をつたい、光のない黒い瞳はぼんやりと宙を彷徨っている。
「お前はずっと同じ部屋で暮らしていてもニアの事など何もわかっていない、とうてい探偵にはなれないな、ニアがお前になついた理由がわからないのか?信頼とか友情とか安心なんて綺麗ごとだぞ?お前といると僕がお前に張り合ってベッドで優しくするからさ、僕に妬かせるためのあて馬なんだよマット、お前は。」
『ここいいですか?』
『マットといるとホッとします』
ニアの囁きが目の裏をリフレインした。
「なあ?そうだろニア」胴を締め付けるように後ろから抱き、うつむきたがるニアの顎を強引にあげさせる。
「………」
ニアは弁解をしなかった。
「こいつは今夜、僕にメールをよこした、『メロが望むなら私はLの後継者は目指しません』とさ、人のプライドを逆なでして部屋に来るように挑発したんだ、そうしたらお前のベッドに二人でいたという訳、マットお前はニアのパズルのピースなんだよ」
「こいつの計算違いは、もう僕はその手に飽きたってことさ」ニアの頬をぺちぺちと叩く、サディスティックなメロの瞳がうれしそうに揺れる…。
「ニア…違うって言ってよ…俺、信じるから…」
そうしたら、メロを殴ってお前を抱きあげて逃げるから、メロからハウスから世界から…
ニアの口がわずかに動こうとした……しかし、言葉はメロの舌に吸い込まれる…。
「哀れだな、マット…見てみろよ、お前が救ってあげたかったニアの正体を」
メロはパジャマのズボンを引きずりおろす、玉子の殻をはぐように…暴かれたそこには、すでにそそりたち、爆発寸前のモンスターが先走りの液を流していた。
「見ろよ!この状況で興奮して感じてるんだぜ、こいつ、とんだスキモノだぜ、どこにいるマット?お前の中の弱くて支配されている不憫なニアは?どこにもいない、お前の頭の中だけだ!
さあ。もっと見ろ、見たかったんだろ?本当は?なあマット!」
すっかり消え失せた俺のアドレナリンを吸い取ったかのように、メロの闘争本能のボルテージは極限を突破し全てを破壊しにかかった。
「いやあああーーーー!!!!、メロ…やめーーーーー……」
彼はニアの裸の腰を強引に引き寄せ、持ち上げ、悲鳴すら途絶えるほど性急に自らのもので突き刺した、そして容赦なく律動を始まる。
「いた…痛い!痛い…、無理…やめ…あ…」
「きっついなあ、いいぞ、そのままもがけ!裂傷の血でそのうち、すべりがよくなるだろう」
「ひど…い………い…い………」
「やめろ、やめろよ!誰が見たいのだよ、こんな事!」
俺の脚は重心を失い、立っていられなくなりベッドにへたりこんだ…そのまま後ずさりする…少しでもこの二人から離れたかった……だんだんと悲鳴に甘さが混じりだすニアの声を聞きたくなかった…!
「いいかげんにしろ!このキチガイ!変態!おかしいよ、お前ら、おかしいだろ?なんなんだよ、どうしてだ!俺の邪魔をするな!俺はお前たちみたいなキチガイとは違うんだ!どうして俺を巻き込む?俺はただ、気楽に楽しく生きたいだけなのに、そうするって決めたのに、なぜお前らがお前らのエゴでそれを壊すんだ!なんの権利があるんだ、チクショウ!畜生!」
俺は叫んだ、ここに来てからずっと溜まっていた……いや、生まれおちてからずっと抱えていたのかもしれない鬱憤を吐き出した…涙が止まらなくて、それがみっともなくて悔しくて、また泣いた…。
「ああ………メロ…ん…メロ」
「ニア……ニア…く…ニア…」
俺の魂の悲鳴など届かぬように、二人は繋がったまま絶頂を繰り返す…
「マ…マ…マット…」ニアが擦り切れそうな声で俺に哀願する。
「見て……見ていて…あ…私たちを…あ…」
この狂気に俺はかぶりを振って否定した、それなのに俺の目はこいつらから逸らすことが出来なかった…瞬きもできず、この錯乱を、暴走を、この破壊を見つめるのだった。喘ぎとみだらな身体のぶつかる音以外に人ごとのように炎のはぜる音が聞こえだしたのは何時ごろだろうか?
『ああ、そういえば煙草をそのままにしていたなあ』
またしても人ごとのようにぼんやりとしていると目の前の二人が朱色に染まりだす、紅蓮の炎と煙に巻かれて俺はこのままブラックアウトしたくて堪らない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ボヤ騒ぎを起こした俺は二人部屋を放逐され、下級生とともに大部屋に放り込まれた。しょっちゅう見回りがあるので喫煙が出来ないのはキツイが、あの異常な空間から逃れれるのならどこでもいい。
どのみち、この冬に15歳になるので、それまでの辛抱だ。
ハウスに来た時は卒業後にここの関係者になるか、条件の良い進路を紹介してもらおうと期待していたが、どうやら俺はエリートコースをドロップアウトしたみたいだし、もうワイミーズハウスに関わるのも面倒になったので、一人、自由に生きていこう…そう決めた。前々からそれが一番の望みだしな…。
メロとニアはあれからも表面上のライバルとして競っている、痴話喧嘩の行方には興味ない、関わらない…。早く冬が来ないかな…俺は淡々と日々を費やしていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は寒い冬の雨の夜。俺は禁断症状が出て部屋を抜け出し非常口の階段に腰掛け煙草をふかす。
「平和だなあ…」
世の中はキラによって殺伐とした雰囲気になっていたが、実質犯罪は減り体感の平和は上がっている…なにが平和でなにが動乱なのだろう?
物思いにふけっている背中にドアがぶつかる。
「いて!」
こんな夜中に…見回り?と振り向くとメロが仁王立ちしていた。
「………」
何を言えばいいのか…思いつかず黙っていると、彼も黙って俺の横を通り過ぎ低い階段を下って庭に向かおうとする。
「悪かったな」
一言口にした、それは喫煙の邪魔をした事なのか、あの夜の事なのか…?メロの背には荷物がおわれていた……
思わず声をかけてしまう。
「メロ…出ていくの? もう15だった?」
それにしたってこんな夜逃げみたいな…
彼は雨に濡れながら振り返りながらつぶやいた…
「Lが死んだ」
「!」
そのままメロは門へ歩をすすめる、「ちょ、ちょっと待って!メロは敵を討ちに行くの?」
「さあねえ…」
また振り向いたメロは鼻で笑ってはいたものの表情は少し緩んでいる。
立ち上がり、雨の中彼の後を追う…。
「Lが…ニアを後継者に指名してたのか?…それで出て行くの…」
「後継者の指名は無かった…ロジャーに二人でLをやれと言われて断ってきた」
「どうして…って聞かなくてもわかるけど…」
「なにがわかるんだよ、お前に」
「プライドの問題だろ?二番手でLをやるのが厭なんだろ?俺からすればそんなのいいじゃん…って思うけど… 二人で組めばいいじゃん、そしたらキラなんか目じゃないよ、一人より二人のが強いよ!」
ああ、俺はまた何をお節介焼いてるんだ俺にとっては疫病神のようなこいつらに…
降りしきる雨の中、歩をとめたメロの長い髪から滴がこぼれる…しばしの沈黙…
「僕は…だめだ…ニアと一緒にいると、あいつを殺してしまうかも知れない」
「…………」
「お前は知っているだろ、僕たちがどんなに歪んだ関係か、お前の言うとおり僕たちは狂っている二人でいるとおかしくなってしまう」
「知ってる…って、自分で変だと思ったら直せるんじゃない…?だって…」
「だって、なんだよ」
ああ、これと同じような会話…ニアともしたなあー
「だって…好き…に見えるけど」
「よく…わからない… 」
門まで一緒に歩いてきてしまった、もうすぐ彼は去って行く、俺の世界をかき乱した張本人のひとりだ、喜ぶべき事なのに…心も雨に濡れたように重く感じる…
Lの死のニュースも今頃になって実感してきた、骨がきしむようだ…
門の黒い鉄柵に手をかけた処でメロは、雨の音と同じトーンでとつとつと語り出した…
「僕は物心ついてからずっと自分が半分だって感じていた…何かをどこかへ落としてきたって。
ニアに会った時、その失った片手を見つけたような気がした、ニアも同じ事を感じていたはずだ。」
「うれしかった、喜んでひとつに戻ろうとした、でも、駄目だ。離れている間に僕の片手には僕以外の魂が宿っていて僕の意志とは違う動きをする、もどかしくて壁にぶつけて自分を傷つける…そんな状態だ。無理なんだ、もう一つには戻れない、でも完全に別の存在とは割り切れない…だってそうだろう?元は自分なのだから…」
離れたほうがいいのは確かなのだろう…。今にして思えばニアも同じ気持ちだったのかも知れない、メロを挑発した件のメールだ。あんなやり方で二人の仲が修復できたとは思えない、いっそ自分の手で粉々に粉砕したかったのではないだろうか?
「くだんねー、たとえ話したな、僕らしくもない、忘れろ」
「くだらなくないよ…それにメロはたとえ話好きじゃん…」
「バーカまだ覚えているのかよ、モンスターの話」今の笑顔は少年らしかった。濡れた背の高い鉄の門を押す、 ギギギと音を立てメロはこちらの世界とあちらの世界の境目を乗り越える…振り向きもせず、ひとこと。
「お前の事…嫌いじゃなかったぜ、マット …あばよ」
喪失を感じない人間はいない、事情のないモンスターはいない、なにが悪か、なにが善か決めるのは…選ぶのは、俺の心にほかならない。
「ま、待ってメロ!」
思わず隠しポケットから紙片と筆記具をとりだしてしまい、書き込み、メロに押し付けた。
「こ、これ、俺の秘密のアドレス…!なんか、あったら…必要だったら、呼び出していいよ!……ほら、一人より二人のほうがいいし」
ああ、俺は本当に馬鹿だ……何度誓っても…同じ事を繰り返してしまう、選んでしまう…でも、こうしないと俺じゃないだろ?
メロは渡された紙片を見つめる…雨で流れて文字が消える…。
「あ、しまった!」「いいよ、いらねえからそんなの」
「もう覚えた、俺の記憶をあなどるなよ、じゃあな」
一歩外界に出ただけなのにメロの言動にはすでに男っぽさがにじんでいる…そのまま、早足であっという間に夜の闇にまぎれていく後ろ姿を、、閉じたこちら側の世界から眺める。
「じゃあね…って事は、また会おうって事だな」
あの少年の…いや男の、急ぐその道は騒がしく揺れ動き、休息を許されないだろう、願わくば幸あらんことを…。冬の雨が肌に突き刺さるものの俺はなぜか晴れやかな気分だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そのほんの何カ月後、もう早春の息吹が感じられるワイミーズハウスの中庭を今度は俺が荷物を片手に門に向かう。
昨日はリンダが音頭をとり送別会が催され、お別れに直筆のポストカードをプレゼントしてくれた。暖色が乱舞する抽象画で見ていると気持ちが明るくなる。
「マットのイメージで描いたのよ」
「え?俺ってこんな感じ、もっとハードボイルドだと思うんだけど…」
本気で言ったのだが、愛しきガールフレンドは「マジ受ける」と黄色い声で笑う。
ロジャーもワイミーズハウスは君を援助するよと問題児の俺にも親切だった。しかし、やはり広い世界が見たいと独り立ちを希望した。
皆が講義を受けている時間に旅立つ事にした、見送りは照れるしね、植え込みを曲がって正門に向かおうとすると、白い影がうずくまっているのが目にとまる。小動物のようなそれは…
「ニア………」
「………マット」
「驚いた…ニア。外出てるの見ないからさ、靴もってたんだね」
「マット…あなたの反応…やっぱり可笑しいです」
ニアの口の端が上がった、あの日以来の気まずさが溶けていくようだ。ニアは黙って俺の後ろをゆるりとついてくる。
「見送りにきてくれたんだ、わざわざ講義さぼって」
「別に学ばなくてもかまいません、私のほうが優秀ですしね」
「はは、相変わらずだなあ、ニアは」
「マットと一緒にいると安心すると言ったのは本当ですから…」
「それだけ、言いたくて…」
ニアはうつむき、踵を返そうとしたが、思わず腕をつかんでしまった。
「うん、わかった。ニア…ねえ、せっかくだから門まで送ってよ」
今度は二人で並んで歩く…。
「マットを巻き込んだのは申し訳ないと思っています…ただ…失っていくだけなのが怖かったのだと思います」
「失う?」
「そうでしょ?生きて成長している反面、私たちは失い続けている、あなたも沢山のものを失っているでしょう?」
確かに生まれおちた、その日から毎日が過去になり、物を失い、人を失い、名前も失った。
「Lはこの世から失われ、メロも、もうここにはいません、写真一枚残しただけで、存在した痕跡も全て消えています。記憶の中にしかいないのに、その記憶すら人間の脳は自分に都合よく書き変えてしまいますからね。
彼と私はとても近かったのです、時々お互いの境界がわからなくなりました。だから彼が私から去った今、メロは本当に実在していたのかすら曖昧に感じてしまう」
「いた、いたよ!何言ってるの!覚えてるよ!忘れられる訳ないでしょ、あんな……あ…!」
ニアの真意がやっとわかった。
「覚えていて欲しかったのです、誰か、いえ、マットあなたに、私達二人がいたことを」
ニアがちゃんと正面から俺の目を見て告げた。
「私も、もうじきここを出ます、単独でキラを追います」
その小さな背で世界を背負う覚悟を決めているニア…死を恐れずキラに立ち向かうニア。
ああ…俺が覚えているよ、二人がここにいた事、ギリギリのみぎわで縋りつくように繋がっていた事、こうみえても優秀な頭脳だからな。たとえ、いつかこの記憶すら肉体とともに失う日が来ても、土や海に還っても…この想いは消えないのでは?どこかに拡散しながらも存在するのではないのだろうか?
ハウスへの招待状書かれていた言葉。『喪失を怖れなければ扉を開きなさい』
あの言葉が頭によみがえる、あれはLの手によるものなのだろう、Lの肉体は消失しても彼の意志を継ぐものたちが生きて行動を始めている。
門の鉄柵の前で後方の校舎を見やる、冷たくも爽やかな風がふきぬけ、太陽が塔の鐘に反射して煌き、窓から子どもたちの小さな頭が見える
ここで過ごした混沌と錯綜する感情と輝きの日々、これを守ろうとするのが正義、永遠にと願うのが祈りなのだろう。俺も喪失を恐れない、失っても何かを繋げていければそれでいい…!
「ここに来て良かったよ、皆に会えて」ゴーグルと手袋を外してニアに手を差し伸べる。ニアもぶかぶかのパジャマからのぞく手をこちらに向けた。
触れたその手は暖かく柔らかく、ピンクの真珠のような爪も艶やかだ、俺は握手だけではもったいなくなった、外付けHDになってとんだ記憶をかかえこむのだから、お礼にこのくらいいいだろう。
ひざまづき手の甲にキス。
まさに姫君と騎士だな。
心の中で花びらが舞う…
俺が立ちあがるとニアはうつむいた、まさかニアが俺に照れるなんて思わなかった、銀色の髪の隙間から覗く頬が桜色に染まっている。
「じゃーなー、ニア」
勢いよく門を閉める、早く閉めないと戻りたくなるからな。
前の通りを渡った所で振り向くと、意外なことに鉄柵の隙間からまだ俺の姿を追っていた。
ニア…今日は離れてしまうけど、きっといつか環がめぐり運命が交わる事があるだろう、俺ともメロとも…そしてその時は…
「ニアー、きっとニアは幸せになるよ!」
手を振り、その後はまっすぐ、ここへ来た時と同じ道を逆に進み、まだ知らない街へ行く。
駅でデタラメに切符を買い、荷物を網棚に放りコンパートメントの窓際の席に落ち着いた、ほどなくして滑車が軋み乗客を運びだす。陽気がいいし個室には俺だけだったので少し窓をあけて、ひと心地つくと、すぐ手持ち無沙汰な気分になってきた。
「え〜煙草…ゲーム…っと荷物にしまっちゃったな」
取り出すのは簡単だが、まあ、いいか…
…今日は景色を見ながら風に吹かれていよう。
車窓には早春のウインチェスターの風景が次々と流れて行くのだった。
END
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