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2,3時間はそこにいただろうか、 もう夕が落ちかけて、あたりが金色がかってきた。 日中は暑かったのに、すでに肌寒くなっている。 もう秋がすぐそこまで来ているのだ… ニアが追ってくるかと思ったが、それはなかった。 すれ違う事を考えれば小屋で待っていたほうが合理的と考えているのだろう ニアはそういう奴だ…。 それは悪い事ではないし、僕の持っていないものだった、 そしてLになるのに必要なものだろう…。 弱っているニアにはあんなに優しくしてやれたのに、有能さを見せつけられると 突っぱねてしまう、自分の矮小さにうんざりして胸を服から握った 「………。」 いつもは掴めるロザリオはもう胸になかった… 代わりにポケットをまさぐると食べかけのチョコレートが出てきたので 夕日を見ながら食べる…甘い味が舌にとろけ傷んだ心を慰めてくれるかのようだ、 こうしていても仕方ない…僕はたちあがり小屋に向かって歩きだした。 歩いて戻ると随分な距離を走ってきたことに驚く、 「元気じゃんか僕。」 僕は声に出して軽く笑った。 チョコのカフェインで意気があがったのか、血糖値が上がったのかわからないが 腕を振って歩いているうちに僕はだんだんと力が出てきたようだ。 感傷は今日までだ…僕はもう大人になるのだから、目標があるのだから! 自分より上の人間に競争心や劣等感を抱いてしまうのは僕の変えられない性分なのだろう しょうがない、だったら1番になればいい、1番でいれば余裕を持てる、 優しくしてあげれるさ、誰にでも…ニアにも。 そう僕は1番になってLになって世界を秘密に牛耳るのだ… 警察も犯罪者もLには逆らえない。 そのために僕は頑張ってきたのだ、Lになれば過去も現在も全てが報われる! 僕は土の道を踏みしめながら黄金の夕日に向かって歩いていった。 小屋の近くまで戻った頃にはすっかり薄暗くなっていた ニアの姿はどこにも見えない… 怒ってハウスに戻ったのかもしれないな… しょうがないが… だが、木の下のラグの上に転がったロボットはそのままだった。 小屋の中で待っているのだろうか? 僕は池の前を通りすぎようとした。 しかし、足は動かず池の前で止まった、 自分の心臓の音が耳まで届く! 僕の体は凍り付き、目は水の中の一点を凝視する… 信じられない、信じたくない光景だ 水に浮かぶ白いシャツはまぎれもなくニアのものだった! ニアの背中が浮かんでいる! 「ニアーーーーーーー!!!!」 つんざくような悲鳴をあげて僕は池の中に飛び込んだ 驚いた水鳥たちが羽音をたてて舞い上がる 水深は見かけより深く僕はすぐ腰まで水につかりながら水の中を進んで行く シャツは緑の水の中に見る見るうちに沈んでいく… 「イヤだ!イヤだ!ニアーー!!」 助けて神様!ニアを助けて! 僕は水に潜った、だけど水草が邪魔をし明かりのない水の底はよく見えない… 息が続かなくなった僕は一端水面にでて息を吸いまた潜ろうとした、 すると水の中から僕の体に触れるものがいる! その白い物体は水面に登り顔を出した、 「ニア!!」 それはニアだった、 僕は夢中で抱きつき岸にニアをひっぱりあげた、 「メロ…痛いですよ、そんなに強く。」 「ニア、大丈夫か、息は出来るか?!」 びしょ濡れで土の上にあがった僕らはどちらかというと僕のほうが 息も絶え絶えだった。 「どうしたんです、メロ?」 「こっちのセリフだ、心臓が止まるかと思った、どうしたんだ転んで池に落ちたのかよ!」 「そういう訳ではないのですが…。」 ニアは右腕を差し出し、僕の目の前で手のひらをひらく… 「見つかりましたよ、メロ。」 ロザリオだった。 「バカ!!」 もう大声でどなってやる!! 「こんなもののために…バカ!」お前が死んじゃったら僕はどうするんだよ!ニアのバカ!」 ニアは不思議そうな顔をしている… 「私は死にませんよ?」 何をいっているんだか?という風にニアは断定して言う。 「そんな事わからないじゃないか!無茶なマネしたら誰だってどうなるか…。」 「いいえ、私は死にません。」 「だって、約束したでしょう、メロ。 2人で一緒に暮らそうって…だからその日まで私は死んだりなんかしませんよ。」 ニア…… 僕はニアの濡れた体を抱きよせ、もう滅茶苦茶に抱きしめた。 ニアも僕の背中に手を伸ばし抱き返す 僕らは今まで一体何回だきあっただろう…でもこのとき濡れねずみの時が 一番暖かかったのは間違いない。 ニアが生きていて僕にぬくもりを与えてくれる、 ニアの心臓が動いている、 それだけで僕は涙がとまらなかった。 大人になると、さっき誓ったくせに、僕は水滴でごまかして こどものようにニアを抱きしめていつまでも泣いていた。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 小屋で暖かいシャワーを浴びる… でもニアの体の体温はなかなか戻らない 一体何時間、水の中に居たのだろう? いつも冷静でリスクを最小に避けるニアがこんな無茶をするなんて 僕のために……。 暖炉に薪をくべ毛布にくるまり体をよせて温める 2人で燃える火を見つめた… 「メロ…」 ニアがまだ青いくちびるで言葉をはなつ… 「これをつけてください。」 ニアはずっとロザリオをにぎっていた… 僕はこうべをニアにむけて垂れた、小さな手が僕の首に回り ロザリオを器用につける… 「これはメロに似合います…だからしていてください。」 「ニアにあげてもいいんだよ?」 昼間のやけになった押しつけではない、本当にニアにもらって欲しかった。 「じゃあ、いつかください…私たちが一緒に暮らして家族になったその日に。」 僕はロザリオを握りしめた………。 手の平が熱くなる… ロザリオは辛い過去の思い出ではなく未来の約束になった。 家族は失っても、また作る事が出来るのだ。 「うん、約束だその日まで預かっておくからな。」 ニアはゆっくり笑って僕の膝にこうべをおろし目をつぶる… 聞こえるのは薪のはぜる音と風の音と2人の心臓の鼓動だけ、 世界に2人だけになったみたいだ。 でも少しもさみしくない…だってニアと一緒だから ニアも同じ事を思っている、それは何も言わなくてもわかる。 僕らは完全にひとつだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 夜半に薪が燃え落ちた音で目を覚ます。 いつの間にか、うたた寝をしていたらしい、 膝の上のニアは目を開けていて僕を見ていた。 「なんだよ、起きてたのかよ。」 「はい、メロを見てました。」 吸い込まれそうな漆黒の目で真顔でそういう。 僕は自分の顔が赤くなったのがわかって、はずかしくて 顔をそむけたかったのにニアは手をのばして 僕の金色の髪に触れ 抱擁を求めてくる、 抱きしめると僕らの体はもうすっかり暖かくて赤みを取り戻していた。 「もう寝るか?」 「でも、もったいないですよ、せっかくの特別な夜なのに。」 僕の問いにニアが答えた。 「僕もそう思ってたんだ!」 僕らは起きあがり星を見に行くことにした。 古いランタンに灯をともし裏手の丘に毛布と熱い紅茶を持って、手をつないで。 草地に毛布をひき横たわる。 もう夜の風はすっかり秋の涼しさで草をざわめかせて吹き抜けていく、 波の音に聞こえる… 「ニア、海に行った事ある?」 「見たことはありますよ。」 「いつか行こうな、2人で。」 「はい。」 体が冷えてきたので上にも毛布をかけ2人でくるまりながら 満天の星を見上げる…流れ星が時折、夜空をかすめた。 「願い事を3回いえばかなうんだよな。」 「よほどの処理速度がないと無理ですね。」 「心の中で唱えるのなら出来るんじゃないか?ようは熱意だよ。」 「メロらしいですね。」 ニアは毛布の中で僕の手をにぎり外に連れ出し僕の手に口づけをした。 「メロ…この前の質問に答えてなかったですね、いつからあなたの事を好きだったか?って。」 「ああ…そういえばそうか…。」 「私は……例の噂を自分で流した時…。噂に便乗する者、相手にしない者 何種類かのパターンの人間に分かれる事を想定してました。 その中にはくだらない噂をいさめる者も出るだろうとは予想してました。」 「僕がその役だった、予測通りだったわけだな。」 「はい…でも…私はそれに伴う感情までは考えていませんでした… 私はあなたが怒って喧嘩までしてくれた事が…うれしかったんです。」 「驚きましたよ、私に予想もしていない感情が湧くなんて。」 ニアはまた僕をじっと見ている…僕はそれだけで体温が上昇した。 「あの日からメロが好きなのかもしれません、でも良くわからない… メロといるといつも考えた事もない気持ちが湧くんです、 以前は肉体があることすらおっくうでした、重力は重いし食事や睡眠などメンテナンスも 大変ですしね…でも、今は体がある事がうれしいです。」 ニアは僕にその小さな手をのばす 「こうしてあなたに触る事ができる、抱き合える事もできる…。 全部メロが教えてくれた事です、毎日新しい事がありそのたびに、 もっとあなたが好きになる…だからいつから好きかと言われると困ってしまうんで…」 ニアの長い長い告白は僕のくちびるで中断された。 舌で歯を割って入り込み、口内を吸い尽くす、うれしすぎる言葉共々飲み込むかのように… 「あ…ん…」 ニアは息ができなくて苦しそうに声を漏らしたが僕を駆り立てるような艶めいた声だから いっそう口をふさがれ、指で体をまさぐられニアは責め立てられていく。 僕はニアに重なり…心も体も全部一つになりたくて夢中でニアの全てをときほぐし やがて体を進めていった。 「はあ…ア…はあ…。」 声は夜空に吸い込まれていく。 草の海の小舟のように僕らは揺れ合って航海を続けた… じょじょに波は大きくうねり嵐になり激しく汗の飛沫が舞う 薄い毛布がすれて土の感触がする 「ニア…、痛いか?ごめん」 「平気ですよ…庭師さんのベッドでするのは悪いと思ったのでしょう?」 またお見通しか……その通りだった、彼にとって僕は小さな息子と同じなわけだからな… 「メロのそういう所…好きですよ。」 「私はメロに抱かれるのなら、外でもどこでもいいです、2人な…ら…。ん…ハア…」 最後のほうは会話にならなかった、ニアが可愛いから愛しいから僕は激しく求め ニアは思考を捨てて、ただ体中で僕に応える。 「メロ…覚えてます…あなたの熱さも重みも激しさも…離れてもずっと、ずっと…。」 ああ、僕もずっとずっと忘れたくない、ニアのぬくもり、抱きしめた感触、 声、息、ニアの全てを体に刻みつけて覚えておこう… 幾度となく律動は繰り返され 僕らは情熱をぶつけあい、さらに高まる 星よりも高く昇りつめ、 花火のように激情を夏の夜空に散らすのだった。 疲れと充足感でニアは僕の腕の中でまどろんでいる… ランタンの明かりで気がついた、 ニアの髪の色がぬけ元どうりのプラチナブロンドに戻りかけている、 ずっと僕と一緒にいたから髪の色まで移ったのか?と思ってたのに残念ながら違ったようだ 夏が終わるのだ… 僕はこの数週間を思い返した…ずっとニアと一緒だったワイミーズハウス最後の夏休み。 少年時代最後の夏の日だ。 今日は大人っぽくニアをエスコートしたかったのに それどころか子供じみた醜態をさらしてしまって情けなかったな、 でも、おかげでニアとの絆は深まったのだし…いいか。 腕の中のニアは小さくて華奢で、でも誰よりも老成した不思議をはらんだ少年だった。 でも、僕はニアが好きだ……大好きだ。 ニアを守りたい。 重いを巡らす僕の目の前を大きく弧を描き星くずが横切る、 「!!」 僕は願いごとを夢中で3回唱えた。 「やった!」 僕が身を起こして声を上げたのでニアの頭は僕の腕からこぼれた 「メロ…痛いですよ…もう。」 「ああ、悪い。流れ星が見えたんでつい。」 「願い事が成功したんですね?」 寝ぼけてるくせにストレートに突いてくる。 「まあね、そろそろ帰ろうか。」 僕らは起きあがって荷物をまとめて丘を下った。 帰り道でニアが聞いてきた。 「何をお願いしたんですか?」 「秘密だよ。教えない!」 ニアは口をとがらせたが僕は答えなかった。 さわさわと風が吹き抜ける めずらしくニアは活発に小走りで草の海を進んで行く 小さな白いパジャマの姿が月光を受け銀色に輝き ふと立ち止まる、 月を背に振り向いたその顔は僕の姿を確認すると柔らかく微笑み、 「今日の事は忘れません。」 愛らしい声で僕にそうつげると また小さく走りながら今夜だけの2人の家に向かっていった。 僕は銀の海をかき分けながら、ゆっくりあとについていく… ああ、僕も…この夏の全てをこの胸にとどめたい 愛情も衝突もニアと僕の事柄全てを。 僕が星にとっさに願ったのはLになりたいでも1番になりたいでもなかった、 自分でも意外だった。 僕は感情的になると大事な事を忘れてしまうから、 いつでもニアを大人っぽく包み込む事は無理かもしれない …きっとまた僕らはケンカもしてしまうだろう でも今日感じた気持ちは… ニアが死んでしまう事が世界で一番怖かったこと、 ニアが生きている事がなによりもかけがえのない事、 ニアのぬくもりがなによりも大切な事、 こんな透明な夜を、透明な気持ちを忘れないように 忘れてもちゃんと思い出せるように……。 僕が流れ星に願ったこと、それは どんなことがこれからおこっても 「最後の最後はニアを守れるように。」 END |