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それは突然訪れた。 正確には、もう随分長い間、僕をむしばみ進行していたのだが、 僕が気がつかなかっただけだった。 季節はすでに秋というより冬の様相を見せている。 その日、定期テストの結果が返されてきた。 自習時間、マットが考察のテストについて解釈をたずねてきたので、 密に答え合わせをしていくうちに解ったのだが…。 僕は成績が下がっている…! 今回など、あと少しでマットに抜かれて3番に落ちる所だった。 彼は優秀ではあるが、僕らの間には大きな差があったはずなのだ、 以前は。 ほぼ、強引にマットからここ数回のテストの細かい結果を聞きだす。 この半年で2人の差はどんどん縮まっている事がわかった… マットが飛躍的に伸びてるのではない、 僕が着実に落ちているのだ。 「いやあ…最近、ヤマが当たっちゃってさあー。」 彼の気遣いがいっそう僕をみじめな気分にさせる、 僕は教室を飛び出した。 級友たちが名前を呼んで呼び止めようとするが耳に入らない、 フィルターがかかったように、ずっと遠くから聞こえるようだ。 誰だ?誰を呼んでるんだ?あいつら。 なぜ!なぜ!なぜ! 僕は成績の下降の理由を考えた。 答えは簡単だ、ニアと関係を持つようになってから 僕はニアに溺れ夜の勉強を怠っていた。 だが、それだけで、こんなに簡単に成績が落ちた事に愕然とした。 僕は14で大学課程を修了する天才のはずなのに…。 僕が慢心していたのが原因なのだろうか? 僕はひたむきな努力をしない限り、よくいる秀才なのか? いやだ!そんな僕はいやだ!耐えられない!! 胸の奥に封じ込めたあの野獣が久々に暴れるのを感じる、 僕の血肉を喰らい檻を突き破り、僕の体を支配しそうだ。 こんな成績ではLになれないではないか! そうだ!僕が成績の事を油断していたのは、 あの夏の日のロジャーの賞賛が大きかった、 以前は順位は相変わらずの2番でも、 答案の内容が悪いと呼び出しをくらい注意を受けていたのだ。 最近はそれがないので安心していた、質的に伸びてると思っていた、 ロジャーのワイミー氏が喜んでるという言葉を素直に受け止めていた、 Lが僕を認めてくれたのだと思い込んでいた。 チクショウ!いったい何、適当な事を言ってたんだロジャー! 何を喜んでるんだ、みんな! 廊下をめくらめっぽう歩いた僕はニアの教室の前を通りかかった、 ガラス越しに試験の答案が返された所が見える、 ニアの周りに人だかりが出来ている。 満点の答案に驚嘆しているようだ。 彼は皆の賞賛に返事もしないが、特に邪険にするでもなく いつもの事といった風情で超然としている。 ……僕は何故、ニアはひとりぽっちで 仲間はずれなどと思っていたのだろう? 幼い下級生たちですら気づいている… 彼が特別な人間である事を そして彼の尊大さを許し、 畏怖し遠巻きに崇拝しているのだ。 突然、僕の頭の中にある疑惑が浮かび 教室の前を立ち去った。 僕はその疑念を打ち消そうとした、 だってそれを認めたくないからだ。 だが、打ち消せば、打ち消すほど、それは確信へと変わる。 苛つきを押さえようと闇雲に歩き回る僕は方向感覚を失い、 知り尽くしたはずの舎内が迷宮のように感じる、 何度も何度も同じ所に出てしまう! どこだ!!開けろ!出口はどこだ!!! ワーと歓声がして、扉から体操帰りの生徒たちがなだれこんできた。 僕は我に帰ったように、扉から差し込む晩秋の薄い陽光を見つめた。 生徒たちが僕の脇を通りすぎ、やがて足音が遠くに消え去る。 扉は目の前にあった、いや、裏口も窓もどこにでも出口はあった。 僕さえ足を踏み出せばいいのだった…。 ◇◇ 夜なのに、鳥が騒いでいる。うるさい! 僕はその日は壁づたいではなく、階段を降りニアの部屋に向かった。 無言でドアノブを乱暴に回す、鍵はかかっていない。 ドアを開けると部屋の奥で背を丸くして机に向かっている ニアの後ろ姿が見える。 暗闇の中それは微動だにしなかった。 僕が来たことに気づかないはずはない…わかってて無視をしやがって。 「ニア!!こっちを向け。」 僕はドアを大きな音をたて閉めながら、声をあげた。 ニアはようやく少しウェーブのかかった銀の頭を動かす。 つけたままのパソコンがウィーンと小さな機械音を立てる、 ニアはゆっくり振り返る、それはスローモーションのようにも コマ送りのようにも見えた、モニターの光がニアの輪郭を照らす、 彼自身が白く発光しているようにも見えた。 そして、僕を見据える、闇を孕んだ深い洞窟のような瞳で… その目は無表情で無機質で僕は反射的に身震いした。 「ようこそ、メロ。」 僕は返事をせず、ニアの座っている机に近づいた。 「………お前に頼みがある。」 「なんでしょう?」 「教官の管理システムに侵入しろ、お前ならできるだろう?」 ニアはそれだけで僕の企みに気づいたのだろうか、 黙って目を伏せている。 僕はつかみかかるかのように、ニアに再度要求した。 「駄目ですよ…。」 「何故だ!?」 彼は下を向き、ぶかぶかの 白いパジャマからのぞく指をいじる。 「嫌だからです……終わるのが…」 「何が!?」 「私達が……ですよ。」 ニアの目は僕を通り越し虚空を見ていた、 その後、すがるような表情を浮かべる。 「いいから、やれよ!!」 ニアは額を下げ、のろのろとキーボードに触れる… そして、目にも留まらぬ速さでキーを乱打しはじめた。 瞳にはモニターの光だけ映る、 なにも読み取れない表情で。 機械音が聞こえた。 小さくため息をつくような。 「入れましたよ。」 「どけ!」 僕はニアを椅子から払いのけ、モニターに集中した。 目の前にワイミーズハウスの少年少女たちの 成績データが映しだされる、 極秘事項の子供達のプライベートは別途に重要に 管理されてるようだが、案の定、 成績を盗み見るのは簡単だった。 僕はここ1年弱の僕とニアの成績のデータを 丹念に追う。 思った通りだ! 2人で同じ時間、秘め事にふけっていたはずなのに、 僕の成績が下降するのに反比例して彼は上昇していた。 特に他に較べて低めだった、感情の読み取りや、 対人との駆け引き、行動力は飛躍的に伸びていた。 僕と密接なつながりを持ち、秘密にそれを維持する 事でニアの経験値は上がっていく、 僕を養分に吸い取り、彼は大きく成長しているのだ! ワイミーズハウス・「L」の後継者を養成する秘密機関… その最新プロジェクトがこれなのか…? 全て合点がいく…こんなに長く2人の仲がばれない方が おかしかったんだ…。 僕を利用しニアを…Lの後継者をはぐくむ…。 いつからだ!1人部屋を与えられた時点で僕は 筋書き通り動いてたのか!? そして。すばらしい成果を叩きだしたのか!? いや、もっと前からか?最初からそうなのか!!!? 『最近のお前はとてもいいね、メロ。 周りにいい影響をもたらしてる。』 ロジャーの言葉がよみがえる…きしむような頭痛がする 僕の存在はなんだ?ニアのただの肥料か? 馬鹿にするな! 「チクショウ!誰の企みだよ!ワイミーかロジャーか!」 僕は机を叩きながら怒鳴った!! 「……ニア、お前もか…!?」 僕はニアのほうを向いた、ニアはベッドに肩膝をつき 銀髪の隙間から荒れる僕を見ていた。 彼はとても冷静だった、怖い位に… 「違いますよ…。」 「だが、気づいていただろ?僕らが黙認されていた事は… それがどういう意味を持つのか、お前が気づかないわけはない!」 「………でも、私は仕掛けられて行動したわけではありません。 誰の企みに乗ったわけでもありません、ロジャーのでもワイミー氏のでも Lの……。」 「その名前を言うなーーーーー!!!!!」 Lの企て…それだけは考えたくなかった、体がブルブル震える、 今、Lの差し金だと言われたら僕は狂ってしまうだろう!! 認めもんか、Lが僕を… ニアを完成させる人柱としか見ていないなんて…!! Lになれなかったら、僕はなぜここにいるんだ? なんのために生まれて、なんのために生きてるんだ… 「メロ…。」 髪をいじりながらニアが言う。 ニアは僕の目線の下にいるのに、その声は高みから 聞こえるような気がする、 彼は威厳に満ち、玉座に座る王のように 憐憫の表情で僕を見下ろしてる…。 これが、ニアか?僕に甘えて擦り寄ってきた僕のニアか? …いや!彼はずっとこうだったじゃないか! 僕が見ようとしなかっただけだ。 円卓に座る友人たちの幻影が見える… 彼らは僕の周りを周回し冷めた視線を投げかける、 『まだ、わからないのか、お前と彼が違う世界にいる事を。』 『かわいそうにメロ、気づいてないのは、あなただけ。』 僕は本当に頭がおかしくなったのかと 恐ろしくなりこうべを振り幻影を追い払う、 そしてまたニアの目を見る、 闇をも支配下におくような漆黒の瞳を。 彼は…ニアは生まれながらの勝者だ、 彼は今後、自分の前で打ち崩れる数々の敗者を 見ることになるのだろう。 そして、今、その瞳は絶望に震える僕を映していた。 ……… 「メロ、あなたが気づいたらお終いだと思ってました、 でも…私は終わりたくないです。」 呆然とする僕を前に ニアは上着のボタンをはずし、 ベッドに腰掛けたまま両腕を伸ばす。 僕を取り込もうかとするように… 「私を好きだと言いましたよね? 私達2人なら なんでもできる…そう思いませんか?」 白い肌、白い服、白い少年が僕を誘惑する。 「私にはあなたが必要なんです、メロ。」 荒いだ息を抑え、やっと僕は口がきけた 「…Lになるためにか?」 「………。」 ニアは答えなかった。 差し出した両手が宙ぶらりんになる。 僕はつかつかとニアの前に歩み寄り、その髪をつかみ くちびるを噛み付くようにむさぼった! ニアの口が切れ、一筋の血が流れる… 彼は乱暴な行為に抵抗するでもなく、 ひたすら僕を見つめていた… 2人の舌にニアの血の味が広がる。 「いいぜ、一緒に生きようニア…。」 「メロ…。」 ニアの声に柔らかさが戻る。 「ただし。」 僕が言う。 「教えろ、お前の本当の名前を。」 |